最近、デジタルトランスフォーメーション(DX)の言葉を新聞紙上で見ない日が無いくらいに掲載されています。しかし、中小企業や小規模事業者では実践がまだこれからと云うところも多いと思います。経済産業省のDX推進ガイドラインに、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」とありますが、これは今に始まったものでもなく、各企業は生き残りをかけて競争力維持・強化のために、デジタル技術の進化を捉えながらDXをスピーディーに推進することが求められています。この様な中、過去の大きな潮流の変化の一つとして、通信カラオケの登場について考察してみました。
■技術革新の驚きとカラオケの登場
私はコンピュータに触れてから早や50年が経とうとしています。コンピュータの黎明期から今では姿を消したコンピュータ関連のハードやソフトに一通り関わってきました。その様な中で、半導体CPUの発達と通信の高速化そしてパソコンやインターネットの登場、最近ではモバイル端末やクラウドの進化、AI・IoTの進展など目を見張るものがあります。その変化の中で企業の基幹業務のシステム開発プロジェクトにも多く関わりましたが、その中でも思い出に残るシステムの一つに「通信カラオケ」があります。
カラオケの歴史を振り返ると、カラオケ事業は‘71年頃に始まり、8トラックのカラオケテープが登場します。‘80年代初めに「映像カラオケ」(LD,CD,VHD)と「オートチェンジャー」で歌詞カードから離れ画面のテロップで歌えるようになった。カラオケボックスが登場するのは‘80年代半ばでした。ただ、LDやCDが増えると置き場所がいる。「オートチェンジャー」が無いと人手がかかる、そして若者に不評だったのは何といっても最新の曲が歌えない、でした。
■通信カラオケシステムの開発
'90年代前半に某社の通信カラオケシステムの配信システムの業務フローを自ら描き、提案書作成とプレゼンテーションそしてこの配信システムの開発プロジェクトを責任者としてフォローしました。
当時の問題点として、従来型カラオケでは楽曲はCD、歌詞は紙の本といった媒体を使うため、生産コスト、流通リードタイム、在庫コストがかかるものでした。また、消費者ニーズとして、どこよりも早く新曲を歌いたい、曲数を増やして欲しいというニーズがあり、カラオケ事業者はコスト増への対応と生産性向上の対応に迫られていました。それを解決する差別化戦略として、ネットワークによる楽曲配信と歌詞ブックの電子タブレット化による通信カラオケの実現でした。それにより、新曲、曲数への対応、輸送費や印刷費のコスト大幅削減を
実現し、個別店から全国店展開へ、マルチメディア基盤の確立そしてホーム市場への布石等々が狙いでした。
システム構成はメインコンピュータ&データベース(現在のサーバー)に楽曲があり、インターネット前夜の為、VAN網を使って9,600bpsでの配信でした。スナックやバーのカラオケ端末機(再生機)やカラオケボックス端末に夜間を利用して約2万端末に毎日5曲配信するもので、カラオケ端末機にはプレスされたLDの楽曲が数枚と固定ディスクが内蔵され、新曲はその固定ディスクに格納するものでした。
私が担当したのは、楽曲の配信システムでしたが、プロジェクト体制は、コンピュータ機器、ネットワーク・通信機器、モニター、カラオケ端末、楽曲コンテンツ等々の多くの関係者が絡む難易度の高い複合プロジェクトでした。それでも基本設計から8ヶ月で開発を終えて本番稼働に至りました。
■DXの元祖は通信カラオケか?
今では当たり前の通信カラオケですが、当時としてはニューメディアからマルチメディアと言われた時代で画期的な革新的なものでした。夜間に2万端末に9,600bpsで毎日5曲送ると言う離れ業を支えたのが、「MIDI」という「言語」に翻訳された「楽譜データ」でした。MIDIは1983年に楽器メーカー「ローランド」社が開発した「世界の電子楽器をデジタル・データで結ぶ共通言語」で「楽器の音声データ」を省いて「楽譜データ」だけを運ぶもので、通信カラオケの端末は、「楽器の音色を記憶させた音源チップを積んだ、鍵盤のないシンセサイザー」のようなものでした。従って、MIDIデータは3分くらいの曲なら、20キロバイト程度で、殆どテキストデータと変わりませんでした。配信データには「楽譜データ」に歌詞データのインデックスを付加したもので、曲と映像のテロップを繋いでいました。
今の様に1曲数十メガバイトの大きさのある音声データそのものを運ぶことが当たり前になったのは、光ファイバーなどの「ブロードバンド回線」の普及と音声データの圧縮技術が発達した、ずっと後のことでした。
通信カラオケの登場は当時の最先端の技術を駆使して通信スピードに合わせたデジタル技術がマルチメディア機器類を繋ぎ合わせ、異業種に先駆けてネットワークビジネスを28年前に具現化しています。
こうして振り返ってみると、DXの元祖は通信カラオケ?ではないかと言っても過言ではないのはでしょうか。
その後、インフラであるネットワーク技術が大きく進化し、常に最先端技術と結びついてカラオケは高機能・高性能化へと発展し、ディスクの大容量化に伴って楽曲は30万曲にも及ぶ勢いで、世界の老若男女に広がっています。
老人介護や福祉施設向けの商品の業界投入やコロナ禍の中で自宅でのカラオケサービスやマスクを付けて歌ってもクリアに聞こえる新機能などが開発されています。まさしく、「デジタル技術が全ての人々の生活を、あらゆる面でより良い方向に変化させる」というDXを実現しているのではないでしょうか。
(参考文献)
・カラオケ秘史~創意工夫の世界革命~ 烏賀陽弘道著 2008.12.20発行
・一般社団法人 全国カラオケ事業者協会歴史年表解説
URL https://www.karaoke.or.jp/03nenpyo/03_02.php
■執筆者プロフィール
ヒーリング テクノロジー ラボ 代表 下村 敏和
ITコーディネータ&インストラクター
電話番号:075-200-2701
e-mail:t-shimomura@zeus.eonet.ne.jp
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