前々回は感染症や新型コロナウイルス自体のお話で,前回は人類側の対策のお話でした.
今回は感染症に対してITが役立つのかについて考えてみます.思い付きレベル(リクルート出身の方なら「ジャストアイデア」と言うかも)の物もありますが…
■感染症対策にITは有効か ?
さてやっと本題になります.ロジカルに順番に考えていくと以下のようになります.
・初動対応
まず世界のどこかで感染力の強い病原菌が感染を引き起こします.
医師が発見しない限り分かりませんが,初動対応としては,世界的な情報共有が重要だと思います.幸い,今はインターネットがありますので,比較的早く情報は伝わるでしょう.しかし今回のように初期に発見して警告した医師に,当局が圧力をかけるようなことがあると問題です.
感染症対策のための情報ネットワークを構築して,感染症と思われる症例や病原菌の情報共有ができるようにします.まぁ,発見した国が情報を公開しないとどうしようもありませんが…
・封じ込め(隔離と封鎖)
感染症の発生が疑われたら,封じ込めのために先ず隔離と封鎖が必要になります.
1976年のエボラ出血熱の時も,交通遮断が行われました.空港の再開は3か月後になったみたいです.
米国の感染状況を見ていると,今回CDCはその能力を充分に発揮できませんでした.政治側の初動が間違っていたのが一つの原因だと思います.
また罹患した人を設備が整った病院に運ぶためには,感染症対策の訓練を受けた要員や防護服と隔離移動施設が必要になります.ホット・ゾーンには移動トレーラー型の隔離移動施設が出てきます.これなら入院にも使えますし,トレーラー車を改造すれば比較的簡単に作れるかもしれません.
・病原菌の特定
初動対応で感染症だと分かれば,病原菌の特定になります.今は病原菌に関する知見はデータベース化されていると思うので,これは情報共有ができていれば比較的簡単だと思います.しかし炭疽菌のような生物化学兵器に使われる可能性がある病原菌の情報がどこまで公開されているかがよく分かりません.
もし,世界共通で使える病原菌のデータベースがないなら,構築することになります.病原菌の特定にはAIを使うとかも考えられます.
・疫学調査
現状では「積極的疫学調査」はできなくなっています.疫学調査を担当するのは保健所や国立感染症研究所になると思いますが,保健所の現状を考えると無理だと思います.保健所の事務作業を減らして,本来必要な業務にマンパワーを振り向ける必要がありそうです.少なくともFAXでのやりとりや集計作業,再入力を減らすことはITが利用できます.電子カルテを利用して,カルテに入力すれば届出ができるとか,すぐにできます.
疫学調査自体も,位置情報を提供してもらえば時間のかかる聞取り調査よりは簡単になりそうです.個人情報やプライバシーの関係もありますので,命令ではなくお願いベースになると思いますが,多くの人は協力してくれそうです.
現在,各都道府県ではコロナ追跡システムを運用しています.国レベルではCOCOA(障害が多い…)があり,各都道府県では店舗やイベントで都度登録するような仕組みになっています.これも位置情報と連携すれば,都度登録する必要はなくなるので,有効性は向上すると思います.また会食の際にはQRコードを読み取ることを前提にすれば,某官庁のような要請破りは減りそうです.
・感染予測
これもITが利用できます.
シミュレーションしたわけではありませんが,複数で会食するときは,参加者が多いと感染リスクは指数関数的に高まると思います.また参加者が普段近くにいる人ではない場合,同じようにリスクが高まると思います.例えば同じ5人で会食する場合でも,同じ部署のメンバーと行く場合と,異業種交流会のように初対面の人が多い場合とでは,後者の方の感染リスクが指数関数的に高まるはずです.
対人距離は近い方が,店は換気が悪い方がリスクは高まります.何人以上での会食になるとリスクが高まるか,店内のCO2濃度がどれくらいだと感染リスクが高まるかはシミュレーションできそうです.
・健康観察
さて,残念なことに罹患してしまうか濃厚接触者になって隔離されてしまうと,健康観察が必要になります.罹患した人によると,現状は保健所の方が毎日電話をかけてきて安否確認されるそうです.
これは保健所の職員でなくても可能です.今はスマートスピーカーが使えますので,スマートスピーカーから定時に体温や経皮的酸素飽和度を測るように音声で指示してもらいます.体温計等の検査デバイスはIoTでスマートスピーカーからデータ連携をするような使い方が考えられます.体温計や経皮的酸素飽和度を測るパルスオキシメーターは,ウェアラブルにしておくと24時間体制で観察が可能です.
ネットで新型コロナに罹患した方のレポートを読んだことがありますが,この病気は急激に悪化するみたいです.残念なことに,ホテルや自宅での隔離生活の間に亡くなる方が後を絶ちません.体温計だけでもIoTに対応して24時間観察にすれば,突然死はだいぶん防げるように思います.
私も使っていますが,スマートウオッチで体温計やパルスオキシメーター,血圧計がついているものがあります.体温計はまだ正確ですが血圧計は信用できません.パルスオキシメーターについての精度は分かりませんが,多少の誤差があっても「傾向」は分かります.もっと精度が高くてIoT対応したウェアラブルのパルスオキシメーターとかは開発できそうに思います.オムロンさんあたりが作ってくれないものでしょうか ?
どうせなら,心電図も含めてバイタルサイン一式をIoTで受信機に送るようにすれば良いのにと思います.そうすればナースセンターで常時監視できますし,さらに電子カルテに取り込むようにすれば,看護師さんが病室まで行って,病床の患者モニターを見てカルテに手書きする,それをまた電子カルテに入力するといった無駄は省けると思います.おそらくもう開発されているとは思いますが…
・保健所の支援
医療崩壊の前に保健所の業務が崩壊してしまいそうです.
いまだにFAX頼りということは業務の効率化を行わないで,単純に保健所の数を減らしてきたように思います.前述した健康観察も含め,全国で使える支援システムは作れそうです.このことにより,自宅隔離の場合のサービスの地域格差も少し減るかもしれません.
制度の建てつけが違うので何とも言えませんが,CDCのような組織を作ると保健所との業務が重複します.保健所により強い権限を付与するのも方法の一つだと思いますが,人員的な問題も起きそうです.
・医療崩壊の防止
日本の人口当たりの入院ベッド数は,世界有数です.それでも医療崩壊が叫ばれています.
おそらくはICUのベッド数が少ないのが1つの理由だと思います.これは医療体制や医療に対する考え方の違いがあるためのように思います.
英国では国民皆保険ですが,大きな病院には家庭医からの紹介が必要です.米国では医療費が高いので,なかなか病院に行きません.非常に具合が悪くなってから受診するので,ICU直行の患者さんが多いのではとERとかのTVドラマ観ていて思います.そのため,医療体制としては通常のベッドが少なく,ICUのベッド数が多くなると思います.
理由のもう1つは,日本の医療は勤務医の超人的な努力で支えられているという現実です.
夜勤明けで通常の診療をこなすと36時間位の勤務になります.この状態で通常の医療が提供されているので,ここに新型コロナ診療の負荷が重なると人的資源側で崩壊します.
新型コロナ禍の中では,日本的な通常の医療に影響がでることは避けられない(院内感染を恐れて患者さんが減るとか)かも知れませんが,癌患者の手術ができなくなるとか,本当に救急車が必要になるような病人や怪我人に対しての医療提供ができなくなるのは問題です.
ここでITの出番を探すと…あまり無さそうですが,病院の情報提供には使えるかも知れません.
例えば病院ごとの空きベッド数のリアルタイム提供や,受入れ可能患者数と傷病の種類(怪我人は可能だが発熱患者は無理とか)を救急隊員に提供するといったことは考えられます.
またゾーニングにはデジタルサイネージが利用できそうです.カメラと組み合わせてホット・ゾーンに入ろうとした人がマスクや防護服を着ていない場合には警告を出すとか考えられます.
看護師の方の中には,免許は持っているが色々な事情で看護師業務についていない人も多いそうです.そういった方々への呼びかけについてもITは使えそうです.
本格的に医療崩壊を回避するには,新型コロナ専用病棟を作るとか,地域の病院の運用自体を見直すことになるかも知れません.ただ開業医の利益代表である医師会の反発も予想されますので,収益のシミュレーションとかが必要になるかも知れません.
医療崩壊を本当に防止するためには,罹患者や発症者を減らす方向にITを利用することになりそうです.
・面会の補助
新型コロナ患者への面会だけでなく,通常の面会も制限されます.
teams,Zoom等のWeb会議システムや,TV電話の仕組みで,直接でなくても面会ができるようにすることは可能です.これは老人ホームとかでももっと取り組んで良いと思います.
・不足物資の調達
台湾ではマスクの在庫がどこにあるかの情報提供が行われました.また買占めや高額転売の防止にも使えそうです.しかし行政が早めに不足物資を予測して,業界に働き掛ける方が重要なように思います.
・セキュリティ対策
コンテンジェンシープランの作成には使えそうです.
ざっくり感覚的に言うと,全国で1,000~1,500人位の陽性者数なら耐えられるように思います.しかし,どれくらい陽性者数なら耐えられるのかは,地域によって違います.都道府県単位ではなくもっと小さい単位でのシミュレーションとプランが必要なように思います.
・ワクチン接種
これはITが使えそうです.病歴や職業によって優先順位を変えることで,重篤化しやすい人に優先的に接種できそうです.ただし,台湾のようなICチップ入り健康保険カードが無いと,難しいと思います.現状ではワクチンの接種記録の管理になってしまいそうです.
・シナリオの作成
今回の新型コロナ禍が収まれば,感染症対策のシナリオが作れそうです.最大のピーク時に合わせて制度設計するとコストが凄いことになります.平常時のあり方とパンデミック時にキャパシティをどのように増やすか,そのバッファをどのように維持するかを定量化するのにはITが使えそうです.
・協力金/補助金
現在,休業や時短営業に応じた事業者には一律の支援金が支給されています.売上や利益に合わせた保証を望む声も大きいようです(私自身もそう思います).一律給付でないと時間がかかるというのが理由の1つですが,昨年分の支援金がまだ振り込まれていない事業者も知っています.持続化給付金に関しては売上の減少に合わせて給付していますので,売上や利益の減少に合わせて支援する仕組みを作ることはできると思います.また給付申請も今は書類を一旦作って,スキャンやスマホでの撮影で提出となっているものが多いようです.これはシステム化できます.
補助金や給付金は種類が多くあります.ここに関してはAIチャットとかで,自分が利用できる補助金を探す機能を提供するなど考えられます.
とりあえず思いついたことを書きました.日本でもデジタル庁の設置とか進んでいます.マイナンバーカードへの健康保険証の統合等の構想もあります.
日本の場合,SARSでもMERSでもあまり被害が出なかったので,台湾のような対策が遅れているのだと思います.本当は他国の対策を見て,準備を進めていればもう少し違った結果になったかと思います.
■今後もパンデミックは起きるのか ?
1918年のスペイン風邪の流行の原因ははっきりしていません.
「アンドロメダ病原体」では宇宙からの病原体でしたが,映画「アウトブレイク」の冒頭で,ウイッチドクターが「人間がむやみに木を切り倒すので神が目を覚ました.神は怒って天罰を下した」と信じていたように「開拓」という名前で野生動物の生息域を「浸食」していくと,未知の病原体と遭遇する可能性があると思います.
また地球温暖化によって極地やシベリアの氷が溶けることで,氷の中に閉じ込められていた病原体が活性化する可能性を指摘する科学者もいます.
おそらくは今後も数十年のスパンで,何らかの病原菌によるパンデミックは繰り返されることになると思います.今回の新型コロナ禍を通じて,人類は何らかの知見を得ることができるでしょうか ?
■感染症の最前線で戦っている医療従事者の皆様へ
新型コロナウイルスと戦っている医療従事者の皆様や保健所等の職員の皆様には,感謝するしかありません.また罹患者を抱える家族の方々や,陽性者を出した職場のご苦労も想像するだけで大変です.
新型コロナウイルス以外でも,本稿でふれたエボラ出血熱は今でもギニアで流行が続いています.「国境なき医師団」等はそのための活動を続けています.
こういった感染症と戦っている医療従事者の皆様に敬意を表して,本稿を終わります.
参考
・「アウトブレイク」(映画)amazon prime
・「アウトブレイク(映画)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2021年1月25日(月)18:48 UTC https://ja.wikipedia.org/wiki/アウトブレイク_(映画)
・「スペインかせ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2021年3月27日(土)01:04 UTC https://ja.wikipedia.org/wiki/スペインかぜ
・「メアリー・マローン」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2021年1月18日(月)13:34 UTC https://ja.wikipedia.org/wiki/メアリー・マローン
・「保健所」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2021年2月24日(水)01:11 UTC https://ja.wikipedia.org/wiki/保健所
・「アメリカ疾病予防管理センター」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2021年3月20日(土)11:49 UTC https://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ疾病予防管理センター
・「ホット・ゾーン」リチャード・プレストン 飛鳥新社(1994年)
・「アンドロメダ…」DVD
・「アンドロメダ病原体」マイクル・クライトン 早川書房
・「アシモフの雑学コレクション」アイザック・アシモフ 新潮文庫
・「アウトブレイク」ロビン・クック 早川書房
・「銃・病原菌・鉄(上・下)」ジャレド・ダイアモンド 草思社
・厚生労働省HP 新型コロナウイルス感染症について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html
・国立感染症研究所:
コロナウイルスとは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html
インフルエンザ・パンデミックに関するQ&A
http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html
・鹿児島大学医学部HP https://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/
・ダイアモンド・オンライン2020.12.19 5:15『日本がコロナ感染拡大で、台湾から「今すぐ学ぶべきこと」とは』
■執筆者プロフィール
上原 守
ITC,CISA,CISM,ISMS審査員補,情報処理安全確保支援士
IPA プロジェクトマネージャ,システム監査技術者 他
エンドユーザ,ユーザのシステム部門,ソフトハウスでの経験を活かして,上流から下流まで,幅広いソリューションが提供できることを目指しています.
コメントをお書きください