アウトブレイク ~コロナ禍のその先へ(2)~ / 上原 守

前回は感染症や新型コロナウイルス自体のお話でした.

今回は感染症に対してどのような対策を取っているのかについて,日本を中心にちょっと考えてみます.

 

■感染症の分類

日本国内での感染症に対しては「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」で対応することになります.

感染症法では感染症は1~5類に分類され,別枠で「新型インフルエンザ等感染症」「指定感染症」「新感染症」があります.それぞれの分類で社会生活に対する制限できる範囲が決まっています.

1類にはエボラ出血熱をはじめペスト等の激烈で危険な病気が並んでいます.4類は少し毛色が違って動物を介して伝染する感染症が定義されています.また,季節性インフルエンザは5類に分類されています.

新型コロナウイルスは「指定感染症」に分類されています.当初新型コロナウイルスに感染した場合には,基本的に全数入院でした.そのため一気に医療体制が逼迫してしまいました.2020年9月に見直しが行われ自宅やホテルでの療養等が可能になりました.前回書きましたが「指定感染症」には期限がある(最大2年)ので,今後どの分類にするのか検討されているようです.

区分 健康状態の報告
外出自粛要請
入院勧告 就業制限

無症状者
への適用

交通制限
1類  エボラ出血熱,ペスト,ラッサ熱    〇  〇  〇  〇
 2類  結核,SARS,MERS    〇  〇    
 3類  コレラ,赤痢,腸チフス      〇    
 4類  狂犬病,オウム病,マラリア,日本脳炎          
 5類  季節性インフルエンザ,はしか          
新型インフルエンザ等感染症  〇  〇  〇 〇   △※
指定感染症(新型コロナの場合)
新感染症(現在は該当なし)  

※政令によって定められた場合

また病原菌を扱う施設にはBSL(biosafety level)1~4のレベルがあります.BSL1は普通の施設で,数値が大きくなるほど厳重な隔離が行われます.映画の「アンドロメダ…」で知りました.レベル3以上は陰圧に調整された封じ込め実験室で扱います.エボラ出血熱等はレベル4の施設で扱う必要があります.

新型コロナの入院病棟についても,簡易的な陰圧装置が必要になっているようで,このことも病床数が増えない一因になっているようです.

 

■感染症の届出

前述の指定感染症を診断した医師は「厚生労働省令で定める事項を最寄りの保健所長を経由して都道府県知事(略)に届け出なければならない」となっています.厚生労働省のHPには「全ての医師の方は,対象の感染症の診断を行った際に,掲載の届出様式により最寄りの保健所に届け出てください」とあり,それぞれの届出様式へのリンクが作られていますので,書面での保健所への提出が義務付けられていることが分かります.

また鹿児島大学医学部のHPによれば,感染症によっては「医師が患者を診断後,土日・祝日を問わず,「直ちに」保健所に電話連絡またはFAXし,のちに保健所に届出用紙を郵送する」と決められていますので,保健所も感染症対策は24時間体制になることが分かります.

 

■保健所の業務

保健所は,地域住民の健康や衛生を支える公的機関の一つであり,地域保健法にもとづき都道府県,政令指定都市,中核都市などに設置されています.

保健所は14業務と言われる幅広い業務を行っていますが,Wikipediaには「全国の保健所の数は平成元年(1989年)の848から2020年の469へと半分近くまでに減少した」とあります.

「感染症の場合,陽性者と濃厚接触者は速やかに隔離される必要があります」と書きましたが,この「隔離」も実際には保健所が指示しています.入院か自宅隔離かホテル隔離かを決め,入院先の病院を調整し,実際に隔離になると毎日連絡して健康観察を行いと,1人の罹患者でも相当な業務量になるようです.また,罹患経路の聞き取り等の疫学的な調査も保健所の仕事らしいです.

実際に罹患した知人は一人暮しだったので,自宅隔離になりました.自宅隔離とっても,例えば兵庫県だと食事の支給があるが京都では無いとか自治体で随分差があるようです.京都で自宅隔離になった人が「兵庫県では食事のサービスがあるそうですよ」と言うと「へ~そうですか !」と逆に驚かれたとのことです.

 

■アウトブレイク 感染(書籍)

ここでちょっと海外に目を向けてみます.

書籍の「アウトブレイク 感染」」は,ロビン・クックによる1988年の医療ミステリーです.

この本もエボラ出血熱が題材です.1976年,ザイールで原因不明の感染症が発生します.致死率は90%にも達し,分離されたウイルスは,発生地の近くの川の名前をとって「エボラ・ウイルス」と名付けられます.

時は変わって現在,ロサンゼルスのクリニックで原因不明の伝染病が発生します.アメリカの疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)の新米女医マリッサ・ブルーメンタールはそのクリニックに派遣され惨状を目にして病院の…

余談ですが,ロビン・クックの医療ミステリーは面白いです.映画の「アンドロメダ…」の原作者のマイケル・クライトン(「ジュラシック・パーク」の原作者でもあります)も医師ですが,ロビン・クックも医師で,二人には交流もあったようです.

ところで,ここでのお話はCDCについてです.

CDCは非常に強力な組織で,本部:約7,000人,支部:約8,500人の職員を擁し米国内だけでなく諸外国にも出先機関があります.権限も強力で,この本でも病院に派遣されたマリッサは,新米にもかかわらず病院の医師に実質的に指示を与えています.またその病院を密閉看護体制に置き.全ての検査の中止や周辺の交通封鎖まで指示します.直接的な権限はないのでしょうが,CDCから派遣された医師には専門家としての権威があるので,依頼された病院も当局も従わざるをえないようです.それだけ権威が認められているということだと思います.ちなみに映画のアウトブレイクの主人公,サム・ダニエルズ大佐の別れた奥さんもCDCに勤めている設定です.

CDCと日本の保健所を比べると随分違います.例えば保健所の医師が,蔓延防止のために交通封鎖が必要だと判断した場合,当局が従うか(そもそもどのような手続きになるのか ?)と言うと疑問です.

 

■台湾の事例

事例研究は情報セキュリティでも大事です.成功事例や失敗事例に学ぶことによって,インシデントを未然に防ぐことができ,また対応マニュアルを作ることもできます.ここでは新型コロナ対策が非常に上手く行っている台湾を例に考えてみたいと思います.

台湾では感染症が明らかになった2020年1月にはマスクの輸出禁止,マスクを含む感染予防グッズの買い占めと高価転売を禁止しました.さらにマスクの国内生産の増強を開始しました.

2月には「ICチップ入り健康保険カード」を利用してマスクの実名販売を開始し,1枚5元(約17円)で公平に行きわたるようにしました.またマスクの在庫が分かるシステムを導入し,確実にマスクが買える環境を作りました.日本ではマスクを買うために「密」な行列ができていましたが,これは集団が「密」になることを避ける一定の効果もあったと思います.この結果,台湾はマスクの「輸出国」に転じることができました.

また3月には入国制限を開始し,入国後には14日間の自宅権益が義務付けられました.

前述のように台湾では「ICチップ入り健康保険カード」が使われています.この中には各自の健康状態や医療傾向も記録されていますので,重症化しやすい持病がある人の特定も容易です.さらにデータは学術方面で使用可能で,研究開発に利用されています.

台湾は2003年にSARSで酷い目に合っています.台北の病院が封鎖され,中にいた人は医療スタッフも患者も関係なく隔離されました.150人が院内感染,35人が死亡,1人が自殺するという悲劇に見舞われました.

しかもWHO加盟国でないためSARSウイルス株と関連情報の提供を受けられませんでした.それの経験から行われた「ICチップ入り健康保険カード」を含む各種の対策が,17年後に生かされたのだと思います.

しかし新型コロナへの対応がこれだけ上手くいった陰には,デジタル担当大臣のオードリー・タン氏と,日本の厚生労働大臣に相当する衛生福利部長の「鉄人大臣」こと陳 時中 氏との連携した活躍があったことは否定できません.

台湾ではワクチンも自国で開発を進めています.逆説的ですが,罹患者が少ないため臨床試験が上手くいかず,こちらは苦労しているようです.

 

2回で終わるかと思いましたが,また3,000字を超えてしまって終わりそうにありません.

次回は感染症に対してITに何ができるか,少し考えてみたいと思います.


■執筆者プロフィール

上原 守

 ITC,CISA,CISM,ISMS審査員補,情報処理安全確保支援士

 IPA プロジェクトマネージャ,システム監査技術者 他

 エンドユーザ,ユーザのシステム部門,ソフトハウスでの経験を活かして,上流から下流まで,幅広いソリューションが提供できることを目指しています.