付加価値⇒そもそも「価値」って何なのでしょう? /清水多津雄

顧客価値とか社会価値とか付加価値とか、経営においてはよく「価値」という言葉が使われます。この「価値」、そもそもどういう意味なのでしょうか。

 

たとえば、GDPというのがあります。「一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額」ということなので、まさに価値を表す指標です。日本は以前はGDPで世界第2位たったが、いまは3位、今後もっと下がっていくのでは、といった感じで使われます。

 

そこで、こんなことを考えてみましょう。ある男性サラリーマンA氏が金曜日の夜、同僚と飲みに行ったとします(コロナ前を想定してください)。さらに2次会に行き、最後にカラオケまで行って、タクシーに乗って家に帰った。対して、もう一人の男性サラリーマンB氏はどこにも行かず家に直行。家族と食事を共にし、子供との語らいを楽しんだとします。

 

GDP的に言えば、A氏は圧倒的に付加価値を生んでいます。1次会、2次会で飲み代を払い、カラオケ屋でも出費し、タクシー代まで払ったのですから、GDP向上に大きく貢献したわけです。対して、B氏の行動には、いつもの交通費以外GDPに貢献するものは何もありません。付加価値を生まないのです。

 

では、B氏のこの日の行動には価値がないのか? よもやそう思う人はいないでしょう。家族との団らんと子供との語らい、そこには何ものにも代えがたい価値があるはずです。とすれば、これはGDPには決して換算されることのない価値ということになります。つまり、GDPでは決して測れない価値こそが重要ではないのかという疑いが出てくるのです。

 

私事で恐縮ですが、わたしは、コロナ禍の広がりに伴って、家で仕事をすることが増え、近隣を散歩するようになりました。「ここを行ったらどこに行くんだろう?」「この道はどこに通じているんだろう?」などと、好奇心のままにあちこち歩いているうち、定番の散歩コースが生まれて来て、結局、坂本から三井寺の範囲で(わたしは滋賀の住人です)12の散歩コースができました。この地域は比叡山と琵琶湖に囲まれ、古くは渡来人が多く住み(古墳がたくさんあります)、天智天皇が大津京を置き(大津京跡が発掘されています)、織田信長が比叡山を焼き討ちし(いまだに、この神社は焼き討ちで規模が小さくなったといった話が伝わっています)、明智光秀が坂本城を構えた歴史的な地域です。

 

この地域を日々歩いていると、比叡山と琵琶湖の豊かさを感じ、先人たちの無数の生に触れ、自分の生活がどんどん豊かになっていくことを実感します。

 

明らかにそこには「価値」があるのです。この価値は何なんだろう? もちろん歩き回っているだけですから、GDPには1円も貢献しません。しかし、人を豊かにしてくれるのです。これは、生産されたものではない。わたしも、消費しているのではない。生産とも消費ともかかわらない価値なのです。

 

わたしは、これを「享受」と名付けてみました。生産でも消費でもなく、享受。太古から厳としてあるもの、そして古来多くの人々によって営まれてきたもの、そういうわたしたちのコントロールしようのないものを、ただ受け取り、味わう。そういう「価値」のありようがあるのだと思います。

 

だからと言って、それは放置しておけばいいといったものではありません。何より努力して保全しなければならないものなのだと思います。自然環境も、歴史環境も保全の活動なくしてはあり得ません。SDGsESGといったことが言われていますが、今日、こうした保全のための活動自体が、価値を生み出す活動であると考え始められています。

 

また、こうした「享受」にまつわる生産/消費もあり得るのではないかと思います。たとえば、三井寺まで歩くと、さすがに遠くて、帰りは京阪電車に乗って帰るのですが、これはまあ消費と言えるでしょう。お弁当を作って持って行こうかということなれば、食材などは消費になるでしょう。このように「享受」を支え、深めるような生産と消費というものはあるのではないかと思います。

 

そう考えてくると、これからの企業が生み出す付加価値、すなわち顧客価値と社会価値は、「享受」というものを念頭に置いたものになるのではないかと思えてきます。人が欲するままに生産し、消費する次元ではなく、確かに実在する何ものかを享受することを中心に据え、それを支え、より豊かにするためにこそ生産し、消費する。それこそが私たちの体験価値となり、社会を保全する社会価値となるのではないか。

 

コロナ後の世界で、企業が本当にビジョンとして掲げるべき価値とは何か。そうしたことを考えていくことも重要ではないか。そんなことを感じています。

 


執筆者プロフィール

清水多津雄

CPC 仕組み創造研究所 代表

ITコーディネータ

ITコーディネータ京都副理事長 事務局長

同志社大学大学院修士課程修了 哲学専攻

 企業において二十数年間情報システムに携わり、ITマネジメント、特にIT戦略立案、

 IT企画、業務分析・設計、システム設計、プロジェクトマネジメント等に従事。

その中で、価値創出の重要性を痛感。イノベーション方法論やフレームワークを研究。

そこから「創発経営」を構想し、「中小企業にイノベーションを!」を

ビジョンに企業現場への展開を手掛けている。

 他方、現在もシステム理論を中心に哲学研究を続け、特に偶発性(contingency)と創発(emergence)に注目し、それをイノベーションの基礎理論として理解する試みを行っている。