コロナ禍はまだまだ収束の様子が見えません。欧米ではすでに第3波と言われ、日本も油断することはできません。むしろ、今後パンデミック臨戦態勢は常態化していくと考えた方がいいのではないでしょうか
そんな中で一つ注目していることがあります。それは「密」の価値です。つまり、リモートが言われる状況の中で、むしろ「密」が価値を持つのではないか、ということなのです。「リアル」の価値といってもいいかもしれません。たとえば、リモートワークでは、週2日、3日と言っている企業が多いように感じます。完全リモートだと必要なコミュニケーションが取れないからです。経験されている方はよくわかると思うのですが、同じ空間にいて気軽にいろいろしゃべることが実はとても重要なのです。
「ねえ、ちょっといい ?」で会話が始まるこの踏み出しやすさは、リモートではなかなか難しい。Zoomでできることではないし、最近はNeWorkのようなサービスも出てきていますが、横の人に「ねえ、ちょっといい ?」と話しかける気安さには及ばない。Slackでチャットといっても、やはりリアルと比べれば敷居があります。コミュニケーションがどんどん促進されていくのは、はやり対面ではないのか。
さらに、身体性の重要さは近頃とみに言われているように思います。人は意識以前にまず身体で感じ取り認知するのだというのは脳科学などでも検証されているようで、人は意識上よりはるかに多くの微妙な感触や感情を身体で感じ取っているのです。リモートワークは週2、3日、あとはオフィスに出勤するというのは理由のないことではないのです。
つまり、私たちはリアルに対面することの価値をあらためて発見したといっていいでしょう。コロナ以前は何とも思っていなかったのに、実は大きな価値があった、と。こうしたことを新たに発見できたということは、コロナのおかげといっていいかもしれません。
とは言っても「密」はやはり問題です。やたらめったら「密」を認めるということもあり得ないでしょう。とすれば、この「リアル」「対面」「密」は希少性を持つと考えなければなりません。付加価値が高いのです。なので、決してぞんざいに扱ってはいけない。大切にして、そこから最大限の価値を引き出すことが重要になってきます。
たとえば、リモートワークは週2,3日にして、あとはオフィスに来るように、というとき、このオフィスの時間で何をするか、ちゃんと設計しているでしょうか。貴重な「密」です。無駄に過ごすわけにはいきません。定型的な報告や意見交換はリモートワーク時にZoomで済ましておけばいい。オフィスではせっかくの「リアル」なのだから、もっと気楽に脱線するぐらいの自由さで各自考えを話し、それを楽しみ、互いの思い中にあるものを確認し、チームワークを強める。そんな「密」なコミュニケーションの価値を最大限に引き出す仕掛けがちゃんとあることが大切になってくるのではないか。
たとえば、外食。レストランやファミレスにはあまり行かなくなり、ふだんは宅配や持ち帰りで間に合わせることも多くなったと思います。でも、そうだとすると、たまに行くレストランが大きな価値を持つのではないか。もちろん、基本的なコロナ対策がされていることは前提ですが、その上でリアルのレストランに行く。「いやあ、久しぶりだなあ」と思えば、そのひとときは貴重な意味を持つはずです。たぶん、外食産業側では、対面の希少性を生かして宅配や持ち帰りでは決して味わえないようなプレミアムな体験を提供することが必要なのです。どうせ「ファミリー」レストランなどという70年代のコンセプトはとうに崩壊しているのです。これまで全くなかったような「リアル」レストラン体験を提供してこそ、宅配や持ち帰りでは遠く及ばない外食の新たな価値を生み出せるのではないでしょうか。
この「密」「リアル」の価値は、さらに応用が利くように思います。いまDXが盛んに言われていますが、今後ますます顧客体験はデジタル領域に移っていくでしょう。情報収集、問合せ、購入やアフターサービスなど、あらゆる顧客行動がスマホでできてしまう。常にモバイル状態で、必要なものを必要なときに手に入れ、取りたいコミュニケーションを取りたいときに取り、便利で快適な体験をいつでもできる。とすれば、「リアル」や「対面」はもはや不要なのか。いや、逆でしょう。あらゆる体験がデジタル領域に移れば移るほど、ここぞというときの「リアル」の価値が輝くのではないか。ふだんネットで売っているDtoC企業が、イベント的にリアル販売をし、顧客と対面でコミュニケーションして、自社の価値を徹底的に伝えるとするなら、顧客にとってもかけがえのない時となるでしょう。適切な感染対策をすることを前提に、「密」は大きな価値を生むのではないでしょうか。
これからのビジネスは、適切な感染対策をしながら、「密」「リアル」「対面」の価値を最大限に引き出していくところに鍵があるのではないか。リモートやデジタルはもはや当たり前。むしろその中で「密」「リアル」「対面」を最大限に生かした企業が大きく飛躍する。そんなことを考えた次第です。
■執筆者プロフィール
清水 多津雄
CPC 仕組み創造研究所 代表
ITコーディネータ
ITコーディネータ京都副理事長 事務局長
同志社大学大学院修士課程修了 哲学専攻
企業において二十数年間情報システムに携わり、ITマネジメント、特にIT戦略立案、IT企画、業務分析・設計、システム設計、プロジェクトマネジメント等に従事。その中で、価値創出の重要性を痛感。イノベーション方法論やフレームワークを研究。そこから「創発経営」を構想し、「中小企業にイノベーションを!」をビジョンに企業現場への展開を手掛けている。
他方、現在もシステム理論を中心に哲学研究を続け、特に偶発性(contingency)と創発(emergence)に注目し、それをイノベーションの基礎理論として理解する試みを行っている。
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