アフターデジタルとは何なのか ? / 清水 多津雄

 デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉は、最近急速に定着してきた感があります。ですが、結局何を言っているのかよく分からないという面もあります。DXって、そもそも何なんでしょう? 

 

■デジタルに変わる、ではなく、(デジタルで)世の中が変わる

 まず、素朴に、デジタルトランスフォーメーションは、世の中がデジタルに変わるという意味ではなく、デジタルで世の中が変わるという意味でしょう。Wikipediaによれば、DXの初出は、2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱した「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という定義なんだそうです。この定義から言っても、デジタルは手段で、人々の生活をより良く変えることが目的なわけです。デジタル化することが目的ではなく、世の中をより良くしていくことが目的なのです。

 

■アフターデジタル:デジタルは基本、リアルが付加価値

 では世の中はどのように変わるのか ? とのひとつの捉え方の一つとして、最近言われるアフターデジタルということが参考になると思います。アフターデジタルという以上、ビフォアデジタルがあるわけです。デジタル化を真ん中に、前と後がある。では、前と後とでどう変わるのか。言われている話を私なりに表現すれば、デジタル前はリアルが基本でデジタルは付加価値。デジタル後はデジタルが基本でリアルが付加価値、ということになるでしょう。どういうことか ?

 

■人間はネットに常時接続

 アフターデジタルの世界では、ポイントは2つあるようです。1つは、人間がネットに常時接続しているということ。以前(大分前ですが)、マトリックスという映画がありました。そこでは人間は脳に直接電極を突っ込まれていて、文字通りネット(仮想空間)に常時接続していました。このSFの世界に比べれは、いまはスマホという機器が必要で、それを目や手をインターフェースにして操作するという原始的なものにすぎませんが、それでもすでに人間はネットに常時接続していると言っても、そう間違いじゃないでしょう。モバイル状態で常にSNSで会話し、撮った写真をインスタに上げ、続々とプッシュされてくるニュースに目を通し、感じたことをツイートし、いいねし、と思えば買い物し、音楽を聴き…私たちは多くの時間をネット空間上で過ごしていると言えるでしょう。私たちはモバイル端末を通じて世界のイメージを形成していると言ってもいいのです。

 

 言うまでもないですが、この環境からは膨大なデータが生み出されます。私たちの行動はことごとくデジタルデータに姿を変え、AmazonやFacebook、Twitter、line等々のデータベースに蓄積され、分析され、フィードバックされてきます。つまり、それらのプラットフォーマーは、膨大なデータをAIによって分析し、私たちの様々な行動を予測し、先回りし、私たちの感性や興味、欲求などに訴えかけてきます。ここに今日のビジネスの基本的なステージがあることはよく知られたことです(日本はこの点、回復不可能なほどに遅れを取っていますが)。

 

■リアル世界もデジタル化

 しかし、もう1つ重要な側面があります。それはリアル世界において同様にデータが取れるようになったということです。中国のある企業が無人コンビニを展開しているのですが、実は、無人コンビニ自体が目的ではないと言います。ネット世界と同様にリアル世界でもデータをとることが目的なんだそうです。顔認証や形態認証、その他のセンサーなどを駆使して、コンビニでの顧客の動きをすべてデータ化するのです。POSレジだと確かに何歳ぐらいの男性(女性)がいつ何を買ったか等はわかります。でも、買おうとしてやめたとか、しばらく逡巡していたとか、買われてはいないが興味は持たれているとか、入店して直ちに買われるとか、そうした細かな動きは絶対分かりません。しかし、顔認証やセンサーなどIoT関連の技術も駆使してデジタルデータ化し、AIで分析すれば、こうしたこともわかるようになる。すると、そこから細かな商品の選択や陳列方法、商品開発まで、データに基づいた対応が可能なります。この企業はこれらの膨大なデータを使って小売りなどのコンサルをするのが目的なのだそうです。

 

■DXの一つの到達点としてのアフターデジタル

 Webサイトでは、そのサイトにいつ入り、どのページに何秒滞在し、何を申し込み、どのサイトから出ていったかなど、顧客の行動がすべてデータで取れます。それと同じことがリアル世界でもできるということなのです。これによって、ネットとリアルの区別なく、実質的に人間のあらゆる行動がデジタルデータになり、行動予測に基づくフィードバックもあらゆる場面で可能になるのです。これがアフターデジタルだとするなら、おそらく、これは現在考えられるDXの一つの到達点だと思われます。中国企業にはこうしたビジネスを戦略的に展開しているところが少なくないと言いますが、たぶん、日本企業ではここまで明確に視野に入れている企業はあまりないのではと思います。なので、日本企業もDXを考えるときにはそのあたりまで視野に入れて戦略を練る必要があると思います。

 

■デジタルに吸収されないリアル固有体験

 ただ、ここで1つ大きな問題が生まれてきます。それは、あらゆる行動がデジタルに取り込まれてしまう世界で、リアルでの固有な体験はどうなるのか ? ということです。店舗で人が顧客と言葉を交わす。イベントで人が顧客と体験を共有する。こうしたリアル領域での体験もデジタル世界に吸収されてしまうのか ? 現状でのアフターデジタル戦略側からの答えは、ノー、のようです。リアル固有体験は決してデジタル世界には吸収されない。その価値は独自なものとして残るわけです。言ってみれば、行動データを取っていくらAIで分析しても、決して予測することのできない人間の行動や感情が厳としてあるということなのだと思われます。そして、ここにこそ1ステージ上の付加価値の源泉があるというのがアフターデジタルの考え方ではないかと思います。あらゆることがデジタル化された後に残る人間同士の固有体験。ここにかけがえのない価値が生まれ、ビジネスの中心が生まれるわけです。ビフォアデジタルではリアルが基本でデジタルは付加価値、アフターデジタルではデジタルが基本でリアルが付加価値とはそういうことなんだと思います。

 

■3つのCX(顧客体験)デザイン

 そうすると、CX(顧客体験)には3種類あることになります。1つはデジタルによって徹底的にデザインされるCX。もう1つは決してデジタルに吸収されることのないリアル固有のCX。そして最後に、この両者を総合的にデザインする、より上位のCX。DXをデザインすることはCXをデザインすることなのですが、とりわけ、この3つのCXを意識しながらDXをデザインすることがこれからは重要になってくるのだろうと思います。

 

※アフターデジタルについては「アフターデジタル」という本がありますので、興味のある方はご参照ください。

 


■執筆者プロフィール

  清水 多津雄

 ITコーディネータ

 ITコーディネータ京都理事

 同志社大学大学院修士課程修了 哲学専攻

 企業において二十数年間情報システムに携わり、ITマネジメント、特にIT戦略立案、IT企画、システム設計、プロジェクトマネジメントに従事。その中で仕組み化の方法を構築、さらに新しい仕組みの創造に関心を持ち、それが現在のイノベーション研究・実践の基礎となっている。

 他方、現在もシステム理論を中心に哲学研究を続け、特に偶発性(contingency)と創発(emergence)に注目し、それをイノベーションの基礎理論として理解する試みを行っている。