アート思考って、何 ? / 清水 多津雄

 

 

 最近アート思考という言葉を耳にするようになりました。あるいは、経営におけるアートの重要性といった言い方も目にします。なんか不思議な感じです。アートって、もともと経営に何の関係もなかったと思うのですが、何でアートなんでしょう? 今日はその一端について、わかる範囲で少し書いてみたいと思います。

 

■デザイン思考は「顧客」優先

 

 デザイン思考というものがあります。これは一般のビジネスパーソンがデザイナーのように考えることを言います。(なので、デザイナーにとってはデザイン思考は当たり前です)。ここから言うと、アート思考とは一般のビジネスパーソンがアーティストのように考えることを言う、となります。では、それはどういうことでしょうか ?

 

 デザイン思考との対比を続けます。デザイン思考が焦点とするのは顧客です。顧客との「共感」がすべてのベースになります。「共感」によって顧客も言語化できていない潜在ニーズを掴み、それをテコにイノベーションを起こします。つまり、ひたすら顧客に焦点を合わせ続けるのです。顧客が自分でも気づかない次元で何を望んでいるのか、顧客が本当に解決してほしいことは何なのか、それをひたすら考え続ける。つまり、主役は顧客です。

 

■アート思考は「自分」優先

 

 アート思考は、まずこの点で決定的に異なります。主役は顧客ではありません。「自分」なのです。アーティストというものを想像すれば容易にわかると思うのですが、彼らは自分の作りたいものを作ります。何かを見、感じ、どうしても表現したいものを表現します。顧客(?)の潜在ニーズに合わせて作品をつくるなど、ナンセンスでしょう。自分の内側から湧き上がってくる思いを源泉に、それを作品という形にしていくわけです。

 

 とすれば、ビジネスにおけるアート思考も、自分の内側から湧き上がってくる何かを源泉にすることになります。顧客のニーズよりも前に、まず自分が内発的に何をやりたいか、何をやるべきか、それが出発点になるのです。たとえば、ホリエモンが宇宙ベンチャーを通してロケットを飛ばそうとするのは、顧客の潜在ニーズに共感したからではなく、自分がやりたい、やるべきだと思っているからだろうと思います。アート思考においては「自分」が優先されるわけです。

 

■アート思考は本質的にイノベーティブ

 

 ここにはイノベーションの2つの形があるように思います。デザイン思考は顧客も言語化できていない潜在ニーズをテコにして、これまでにない新しいものを生み出す。それに対し、アート思考は自分自身の内発的な思いから、これまでにない新しいものを生み出す。実際、アーティストは他にないものを生み出すことが生命線です。人のまねばかりしているアーティストなど、全く意味ないでしょう。他とは違うもの、これまでにないもの、斬新なものを創造することが、アーティストの基本的なミッションなのです。

 

 ビジネスにおけるアート思考も同じです。何としてもやりたい、やるべきだという思いには、人のまねをするという姿勢は全く含まれていないでしょう。まだ世の中にないものを生み出すことが、内発的な思いを強く動機づけるのだと思います。その意味で、アート思考は本質的にイノベーティブなんだと思います。

 

■「自分」の思いは「顧客」に結びつかねばならない

 

 では、「顧客」はどうなるのか? 言うまでもなく、無視できるわけがありません。ビジネスなのですから、顧客に支持されなければ成り立ちようがない。ロケットだって、それを利用して何らかの便益を得たいと思う人たちがいてはじめてビジネスとして成り立つわけです。つまり、「自分」優先で発想した後は、やはり「顧客」が重要になるのです。

 

 フローレンスの駒崎代表理事が、病気の子供を保育所に預かってもらえないという病児保育問題に疑問を抱き、何とかして解決したいという思いをもってフローレンスを立ち上げたという記事を読んだことがあります。ここには、社会課題としての病児保育問題を何としても解決したいという「自分」の強い思いと、実際に病気の子供を預かってもらえず困っている多くの人たちに応えるという「顧客」への対応と、2つの要素があるように思います。実際に困っている「顧客」のニーズに応えるということと、社会に貢献したいという「自分」の思いが緊密に結びついているわけです。

 

■アート思考で発想し、デザイン思考で顧客価値へ

 

 ここからアート思考とデザイン思考の関係が見えてきます。アート思考によって、「自分」がやりたい、やるべきだと思うことを発想したとしても、それだけではビジネス上何の役にも立ちません。次に必ず、それを顧客の生活文脈上の価値とつなげていく必要があります。そこは、デザイン思考が得意とする領域です。つまり、アート思考で発想し、デザイン思考で顧客価値に進化させる。そういう連携が不可欠になってくるように思います。

 

【結論】アート思考を他の考え方と創造的に結びつける

 

 アート思考の側から言えば、デザイン思考とつながることによって、地に足の着いた思考が可能になる。デザイン思考の側から言えば、アート思考とつながることで、一層強力な顧客価値実現のための原動力を得られる。どうやら、アート思考だけでどうにかなるものではないようです。さまざまな考え方を創造的につなげながら顧客価値を生み出していく。結局、それが肝要なのだと思います。

 


■執筆者プロフィール

 清水 多津雄

 ITコーディネータ

 ITコーディネータ京都理事

 同志社大学大学院修士課程修了 哲学専攻

 企業において二十数年間情報システムに携わり、ITマネジメント、特にIT戦略立案、IT企画、システム設計、プロジェクトマネジメントに従事。その中で仕組み化の方法を構築、さらに新しい仕組みの創造に関心を持ち、それが現在のイノベーション研究・実践の基礎となっている。

 他方、現在もシステム理論を中心に哲学研究を続け、特に偶発性(contingency)と創発(emergence)に注目し、それをイノベーションの基礎理論として理解する試みを行っている。