著作権法改正によるITビジネスへの影響 / 松山 考志

 先日、政府はダウンロード規制を持ち込んだ著作権法改正案の今国会への提出を見送ることを決定しました。漫画などの「海賊版サイト」対策を強化する目的の改正案については、今なお一部漫画家や有識者や政府与党内でも反対を受けています。現行法は、違法ダウンロードの対象範囲は映像や音楽に限定していますが、政府案は漫画や写真、文章など著作物全般に拡大することを検討しています。具体的にいうと、著作権侵害の画像などを含む個人のブログサイト、勝手にマンガのキャラクターなどをスクリーンショットでアイコン化するなど、日常的に私たちが行っている行為が含まれます。知らない間に日常、それらの行為が著作権に抵触する可能性が出てきます。

 私に相談があった会社のケースにおいても似たようなことがありました。結論から言えば、著作権者の許諾など対応を考える必要がありましたので、引用元を公の機関が公表するものに変更するなど当初とは異なる措置を取りました。相談内容は、企業研修の参考資料として、一般の書籍から文章を引用して研修テキストを作成したいというものでした。著作権法では、一定の「例外的」な場合に著作権等を制限して,著作権者等に許諾を得ることなく利用できると定めています(第30条~第47条の8)。引用する場合には、「他人の著作物を引用する必然性があること」、「かぎ括弧をつけるなど、自分の著作物と引用部分が区別されていること」などの一定の要件を満たさなければならないことに注意が必要です。社内のウェブ担当者やWeb制作などに携わる方は、文化庁にホームページで確認されておくとよいでしょう。

 前回のコラムで今年1月1日に施行された改正著作権法について少し触れました。今回は、詳しく見たいと思いますが、条文の解説ではなく、改正によりITビジネスにどのような影響があるのかについてポイントを絞ります。

 

1. 改正の概要

 現状、著作権法では、音楽、写真や映画などの著作物は、別個独立のものとして保護されています。デジタル化・ネットワーク化の進展は、これら著作物をデジタル信号による情報の置換えを可能とし、新たに一つの著作物が成立するようになりました。このような著作物を著作権法上どのように扱うかが問題となっていました。このデジタル化・ネットワーク化の進展とは、「第4次産業革命」といわれるIoT・ビッグデータ・AIなどの技術革新のことをいい、その代表例としてディープラーニング(人工知能)における著作物利用の場面が想定されています。大量のデータを解析するビックデータやAIの開発においては、解析の対象であるデータには画像データや文章データといった著作物として保護されるものが含まれています。仮に著作物に該当する場合は、著作権法による保護対象となり、開発行為が著作権侵害となるケースもあります。著作物の無断複製行為による複製権の侵害に当たるとして著作権法違反に問われる可能性があるということです。この点において改正前の著作権法47条の7は、自らが統計的な情報解析を目的とする場合は、著作権者の許諾がなくとも、必要な範囲で、サーバー等の記録媒体への記録または翻案、翻案を行うことを認めていました(本規定のように、著作権者の権利を制限する規定は権利制限規定と呼ばれます)。ここでのポイントは、47条の7で許容される行為が「記録媒体への記録・翻案」のみに限定されていたため、他の態様では利用できませんでした。すなわち、自らがモデル生成を行うのではなく、モデル生成を行う他人のために学習用データセットを作成して不特定多数の第三者に販売し、またはWeb上で公開する行為などは著作権侵害に該当することになっていました。また、ビックデータ・AI開発については、「機械学習・深層学習」は「統計的な解析」という文言に当てはまらない可能性があることから、上記の権利制限規定の「情報解析」に含まれず、権利制限規定の適用を受けられるか必ずしも明確ではないとする指摘もありました。

 

2. 改正によるビジネスへの影響 - AI、リバースエンジニアリングが適法化

 今回の改正案では、この「権利制限規定」を見直し、3パターンの「柔軟な権利制限規定」の導入により、現在把握されていないニーズや将来の新たなニーズへの対応を目指すことになりました。具体的には、「人工知能(ディープラーニング)」「リバースエンジニアリング」「解析用データベース」 が適法化されるため、ITビジネスに大きな影響を与えると考えられています。なお、権利制限規定とは、「著作権者の許諾がなくても著作物を利用できるのはどのような場合か」という点に関する規定のことです。

 「柔軟な権利制限規定」の3パターンについて見てみましょう。1つ目は、コンピュータやネットワーク上の除法処理の効率化のための複製など、著作物の本来的利用には該当せず、権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型(第1層)については「柔軟性の高い規定」とされました。2つ目にインターネット検索サービスの提供に伴う著作物の一部分の提供行為など、本来的利用には該当せず、権利者に及び得る不利益が軽微なものにとどまる行為類型(第2層)については「相当程度柔軟性のある規定」とされました。3つ目として、公益的政策実現のために著作物の利用の促進が期待される行為類型(第3層)については、立法府において社会的意義等の種類や性質に応じて適切な柔軟性を備えた規定が整備されました。

 

3. 法30の4の意義

 「情報解析のための複製」に関する旧法47条の7は削除され、あらたに柔軟化・拡充され、法30条の4第2号となりました。今回の改正により、利用方法が「記録又は翻案」に限定されず、原則として「情報解析の用に供する場合」には自由に利用することができるようになりました。これまではAI研究・開発のために利用されている学習用データは海外で作成されたものが大半を占めていました。改正により日本国内においても学習用データの生成・公開が可能となったことで、AI事業者がより効率的に学習用データを収集することができるようになり、AIの研究・開発がより一層、進展すると考えられています。

 このようにデジタル化・ネットワーク化に対応するため、またIoT・ビッグデータ・AIの技術革新による日本の競争力を強化するために著作権法が改正されました。著作権法はこれまであまり接することがない方が多いと思いますが、IT業界には密接な関係がありますので、この機会に関心を持っていただければと思います。

 

(参考文献)

・文化庁ホームページ:著作権

 http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/index.html

 


■執筆者プロフィール

 松山 考志

 ウェブ解析士析士,上級文書情報管理士,行政書士