以前、このコラムで「AIに愛はあるのか ?」を執筆したころは、ビジネス誌などの記事とされていた「AIによってなくなる仕事」といったような内容が、最近ではテレビの報道番組などでも取り上げられるようになってきた。
先日見たテレビ番組では、「AIによってなくならない仕事」としてアナウンサーが挙げられていた。だから、アナウンサーという仕事に就けば将来安泰と思いきや、別の番組ではAIアナウンサーが登場したというような内容があった。一見すると矛盾した内容に思えるかもしれないが、これが現実であり、考えてみたいポイントでもある。
近年騒がれているAI技術の発展については、未知な新しい技術であるため、これまでにない特別な出来事であるといえる。しかし、もっと大きな視点で見ると、これまでも数多く繰り返されてきた技術の進歩と、それに伴う産業構造の変化の一つに過ぎないのと考えることもできるのではなかろうか。
近代で見ると、蒸気機関の発明により工業化が進んだ第一次産業革命、ガソリンエンジンや電気エネルギーなどで重工業化が進んだ第二次産業革命、IT技術等により自動化が進んだ第三次産業革命があり、これに続く第四次産業革命がこれから起ころうとしているAIやIoTを活用した大きな産業の変革なのである。
そのように考えると、過去を振り返ることにより、これからの変化に対応していくヒントがあるのかもしれない。
多くの人がイメージしやすいと思われる鉄道事業者を例として考えてみたい。第一次産業革命により蒸気機関車が作られるようになり、鉄道網が発展して多くの鉄道事業者が設立された。第二次産業革命により電車が走るようになり、輸送のスピードアップが図られるようになった。ここまでは、度重なる事業拡大により鉄道事業に従事する労働者の人数が右肩上がりの状況が続いていたと考えられる。
しかし第三次産業革命により、この状況に変化が生じる。IT技術等による自動化は、これまで行われていた単純な仕事が次々と機械化されていくことになる。鉄道事業における駅員の業務に注目してみると、券売機の登場により、きっぷを販売するという業務がなくなった。さらに自動改札機の導入により、改札の業務もなくなった。これらにより、大きな駅では数十人で行っていた業務が、機械トラブルやイレギュラーな対応を行うだけになり、数人の駅員で業務が行えるようになったのである。
この例を見てわかるように、駅員という仕事は無くなってはいないが、実際に行う業務内容は大きく変化したうえに、それに従事する人数が大幅に減っているのである。鉄道利用者の視点から見ると、券売機や自動改札機の利用方法にさえ慣れれば、スムーズに鉄道を利用でき、利便性が向上する。一方、駅員として働く人の視点から見ると、省力化によって仕事が楽になるのではなく、必要な人員が減ることにより職を失う可能性が出てくる。また、職を失わなかったとしても、これまで蓄積してきた切符販売や改札のスキルは役に立たないものとなり、機械を操作方法などの新たなスキルが必要となってくる。ここで忘れてはいけないのが、券売機や自動改札機を製造・メンテナンスするという仕事が新たに生まれていることである。ただしこれは駅員の業務としてではなく、新しいビジネスとしてではあるが。
第三次産業革命により、鉄道利用者に対して列車に乗るためのサービスを提供する駅員としての仕事はなくならなかったが、そのサービスを提供するために必要な仕事の内容は大きく変わり、必要な人員が大幅に少なくなるなど、これまでとは大きな変化を遂げている。そして、これを実現するために第三者的な新たな仕事も生み出されている。
鉄道事業者の過去事例を、冒頭に出てきたアナウンサーの仕事にあてはめて考えてみる。テレビなどで視聴者に情報を伝えるアナウンサーとしての仕事はなくならない。しかし、新しい技術を活用したAIアナウンサーなどが導入され、視聴者に情報を伝える方法が大きく変化をしていく。したがって、アナウンサーとして求められる能力が変化していくとともに、これまでとのような人数を必要としない可能性がある。そして、AIアナウンサーなどの新しい技術を導入・メンテナンスする新たなビジネスが創出されるといった具合になるのではないだろうか。
今後変化していく産業構造について考えるときに、このアナウンサーのように提供されるサービスとしては大きな変化がないように見える場合でも、それを提供する方法が大きく変化する可能性があるので、これまでのアナウンサー像に捕らわれすぎない必要がある。そして変化する部分に第三者のビジネスチャンスがある可能性が高い。
さらにもう一歩踏み込んで考えると、アナウンサーとして提供するサービスの内容が新しい技術によってさらに視聴者にとって価値のあるものに変化する可能性や、そもそもテレビというものが別のものに置き換わって、視聴者に情報を提供する方法そのものが大きく変わるという可能性もあるのではないだろうか。
産業構造が大きく変わりつつある状況においては、製品やサービスなどの本質をしっかり見つめなおすとともに、それらを提供するためのプロセスについては、これまでの固定観念にとらわれすぎず、大胆な発想で変革していくことが必要なのではないだろうか。
AIによるアナウンサーを「AIアナウンサー」と呼んでいるうちは、まだAIが特別なものという存在であるが、AIが当たり前の社会になれば、わざわざAIという言葉をつけて呼ぶ必要がなくなるのであるから。
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■執筆者プロフィール
池内 正晴 (Masaharu Ikeuchi)
学校法人聖パウロ学園 光泉中学・高等学校
ITコーディネータ
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