顧客視点の価値提案その1 空港ラウンジ (2) / 丸山 幸宏

◆まえがき

前回の続き)とうとう兵庫と東京の二重生活も10年近くになり、利便性で飛行機を使うことから毎週のように航空会社のラウンジを利用しており、そこでのおもてなしについて触れています。

 

◆トピックス

 東京でオフィス在席時に起きた「3.11」の翌朝の出来事、前日来社中のお客さまとともに皆で会社に泊まって、早朝に近くの社宅に戻り床に落ちているものだけ片付けて、逃げるように兵庫へ戻りました。震災当日、オフィスのテレビであの光景を見てしまった後の、ほとんど寝ていない翌朝のことです。

 何とも言いようのないへこんだ気持ちで、元々予約してあった早朝便に乗るために空港へと向かいました。時間があったのでラウンジに立ち寄ると、カウンターには普段そこにはないお弁当が山積みされていました。何とありがたい!気持ちがへこんでいる上に空腹だったんですね。只々ありがたいなって、感謝しつつ頂きました。

 

 バリュー・プロポジション・デザインって、顧客視点の価値提案フレームワークのことですが、この時のことを例にとると、「様々な理由で移動するお客さま夫々に向き合い・寄り添って、心地いいと思ってもらえるだろう体験を提供する」ことで、大事なことは、”臨機応変に、目の前のお客さまに、fitさせたおもてなし”をすることではないかなと。

 その意味で、震災翌日の出来事は、寄り添ってくれたサービスが誰によってかは知らないけれど、ずっとファンでいたいと思わせる、十分な理由になるものでした。その大事な瞬間に、そのタッチポイントに、誰もいないにも関わらずです。

 

 今回ラウンジという、一連の移動というプロセスの一部を扱っていますが、この航空会社は、100億円を投じて「待ち時間のないスマートな空港の実現」にチャレンジするとのこと。

 すでに空港駅で電車を降りると、色々なことが変わり始めています。改札を出ると程なくして、ゲートブロックごとの保安検査場の待ち時間が画面表示されていて、チェックインカウンター近くでガイドされている便ごとの運行状況も、出発や到着フロアへ移動する前にチェックできるようになっていることで、土産物や飲食といった隙間時間の有効活用を誘ってくれるようになりました。スマホアプリとの連携も改善されて来ました。グローバルで比較するとまだまだなところはいっぱいありますが、これからがとても楽しみです。生体認証等で、「チェックインカウンター→保安検査場→搭乗口」の出発動線がストレスフリーになることで、経験価値にとても大きなチェンジをもたらします。

 

◆論点

 さて、前回からの流れに戻って、ラウンジでのおもてなしの改善点について、自分の「動線パターン」をもとにカスタマージャーニー風に捉えて、一連の体験を、バリュー・プロポジション・デザインというお作法で整理しながら、“そこでの要求”を満たす“fitされたサービス”の改善点について考えます。

 前回はラウンジの概要と、私の利用パターンを触れた後、ジャーニー前半の(1) 受付、(2) 座席の”確保”、(3) 飲食物の”確保”まで触れました。今回はジャーニー後半について触れます。

 

(4) 食器返却

 片付けはセルフです。返却エリアへ行き、ゴミ・おしぼり・グラス類・皿類に仕分けて、皿類やトレイは重ねます。エリアが狭いため、カフェよろしくの「トレイを下げるだけ」では済まないので、アルコールが入っているとちょっと辛いですね。返却エリアは、定置式の1平方メートル程度の小さなキャビネットが2箇所と移動式のワゴンが通路に3箇所あります。

 もったいないのが移動式ワゴンで、せっかくの広い通路にはみ出して置いてあり、返却する人がワゴンの前に立つとさらに通路を狭くしてしまいます。通路幅は30cm程度の角タイル7枚分もあるのに、ワゴン幅が1.5枚分、返却している人が1.5枚分通路を約半分塞いでしまって、すれ違いができない状況になります。サテライトのサービスカウンターには活用されていない平面がたくさん残っているのに、エントランス正面の大きな置物の見栄え用に空けられたスペースもたくさん残っているのに、どうやら混雑時のストレスフリーよりも大事にされていることがありそうです。

 

(5) 読み物の“確保”

 普段読まないスポーツ新聞や週刊誌でリフレッシュしています。メインカウンター、サテライトカウンター、一番入り口から遠い奥のエリアの合計3箇所に本棚があります。残念なことに奥の棚は、ほとんどアクセスされることのないパンフレットの類だけが並べられており、奥の方に座ると真ん中付近のサテライトカウンター近くの棚を使うことになります。

 また、このラウンジの棚設計のコンセプトなのか、腰の高さのローボードだけにしている関係で、「腰をかがめて、手を伸ばして、物を取る」動作が多いです。本棚の上のスペースをもう1段分許容すると、高頻度でアクセスするものを上段に置くことで、ずいぶんと楽にアクセスできるんですけどね。話題のWeWorkも規制が厳しいですが、高さ130cm位まではOKだったかと。

 

(6) 待ち時間をたのしむ

 前回ご紹介しましたが、座席には5種類あって、時間がない時に便利なカウンター席からグループで使う席まで、空いていれば、状況に応じて使い分けられます。時間に余裕のある時は、お気に入りの「プライベート席」と呼ばれるお一人さま向けの空間で過ごします。ラッキーだと、足置きまである広めのプライベート席に座ることができますので、前回触れた飲食物と読み物を確保した後は、リラックスして過ごします。

 ここで残念なのは、各座席と天井からの照明が微妙にずれていることです。ひょっとするとですが、内装の当初の設計とは裏腹に、椅子の配置を変えてしまったからか、微妙に前方寄りの天井にあるスポットライトが眩しいです。まるで座っている人にスポットを当てるかのように。また、私の視力の問題か、そもそも読書するには光量の足らない座席もあり、携帯電話のLEDライトに頼ることがあります。

 

(7) その他

 トイレは、このラウンジにしては珍しくピーク時でもキャパ不足にならない設計です。ある意味サテライトのサービスカウンターの余っているスペースも、正しい設計でつくられたのかもしれません。トイレの構成は、ユニバーサル個室が1、個室が5、小が7、洗面台が5、ペーパータオルが1、ハンドドライヤーが2となります。

 ペーパータオルのトレイは当初なかったものですが、ハンドドライヤーを不衛生とする風潮もあってか、最近設置されました。ただ、一文字の洗面台カウンター中央に1つだけなので、隣接する洗面台2箇所からしか手が届きません。また、ペーパーを捨てるゴミ箱は、この広いトイレに1つだけ、出入り口付近にしかありません。

 シャワールームが何と3室もあって、夏場に何度か使いましたが、他の利用者と出くわしたことがありません。

 

◆あとがき

 どんなに入念に練られた一連の“経験を提供する仕掛け”よりも、ふとした瞬間に感動しちゃったことの方が、はるかに差別化された決定的な価値提案になり得ること。古典でもある「MOMENTS OF TRUTH」を、バリュー・プロポジション・デザインのワークショップでファシリテーションする中でも大事にするようにしています。40年近くも前のエピソードですが、スカンジナビア航空で起きた変革を象徴するものを最後に紹介して第2回を終わります。

 

<とても素敵なエピソード@約40年前>

 お客様であるピーターソン氏は、コペンハーゲンで重要な商談に参加するため、アーランダ空港に向かうが、到着したとたんに大変なミスに気がついた。航空券をホテルに置き忘れてしまったのだ。

 わらにもすがる思いでスカンジナビア航空のチケット係に相談すると、予想外の回答が待っていた。「ご心配はいりません。搭乗カードをお渡しします。仮発行の航空券もそえておきます。ホテルのお部屋番号とコペンハーゲンの連絡先さえ教えていただければ、後はこちらで処理しましょう」。

 係員はすぐさまホテルに電話し、航空券を見つける。そして自社リムジンを手配し、ピーターソンの出発前に航空券が彼の手元に届いた。「ピーターソン様、航空券でございます」。おだやかな声に何より驚いたのは当事者である彼自身だった。 (出所 : ヤン・カールソン「真実の瞬間」より意訳)

 

(参考文献)

・「バリュー・プロポジション・デザイン 顧客が欲しがる製品やサービスを創る」

 https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00V9M5R7E

・「真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか」 

 1990/3/1ヤン カールソン (著), 堤 猶二 (翻訳) ISBN-13: 978-4478330241

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■執筆者プロフィール

Principal Consultant

Yukihiro MARUYAMA(丸山幸宏)

ITC(0015202003C), IT-CMF(Tier3)

Business Design TSUMUGi LLC

 ボスはお客さま。夢は外から地球を眺めること。

 得意分野は、グローバルなソーシングやガバナンス、エンタープライズでのBPMやEAMと、デジタルトランスフォーメーションの推進。

ymaru.tsumugi@gmail.com

https://ivi.ie/it-capability-maturity-framework/

https://ivi.ie/capability-improvement-program/

https://www.itc-kyoto.jp/経営とitの話/コラム-バックナンバー/