●「デザイン」のインパクト
少し前、「デザイン思考」が流行りました。そのころから見たら多少下火になった感はありますが、それは重要でなくなったからではなく、浸透すべきところには浸透しつつあるからだと思います。もともと関心のなかった人たちは「デザイン思考」と言わなくなり、重要と考えて取り組んでいる人たちは「デザイン思考」と声高に言う必要がなくなった、ということかと思います。
たとえば、この5月には、「デザイン」をベースに経済産業省と特許庁が「デザイン経営宣言」を出し、いよいよ経営自体を変えていくべき基本的視点として捉えなおしています。「デザイン」は、もちろん、デザイナーの方々にとっては当たり前なことです。しかし、ビジネスサイドの人間にとっては大きなインパクトがあった。デザイナーにとって「それがどうしたん?」ということが、ビジネスサイドにとっては「すごい!」となるわけです。
●「デザイン」の核心としての「顧客体験」と共感
何がすごかったのか ? 一言で言うと、「顧客体験」がクローズアップされたことです。CX(Customer Experience)とも表記します。企業は長らく優れたプロダクトを生み出すことに邁進してきました。要するに産業資本主義・製造業中心だったわけです。プロダクトにおいて重視されるのは、機能・性能です。クルマで言えば、燃費がいい、加速がいい。テレビで言えば、画素が細かく、きれい。これは、消費者が一番よくわかっています。「このクルマ燃費が悪いな」「このテレビ、色がにじんで見にくい」等々。だから、消費者の声を聴くことが何より重要で、アンケートなど、市場調査が重視されました。
しかし、ここ10年~20年ぐらいの間に、中心はプロダクトからサービスに移ってきました。加速がいいクルマから、運転して楽しいクルマへ、そして家族の休日を演出するツールへ、インスタの素材へと変わってきたわけです。つまり、顧客がするさまざま体験を総体として価値あるものにすることに重点が置かれるようになってきました(ちなみに、この顧客の一連の諸体験のことをカスタマージャーニーといいます)。こうなってくると、消費者にも、自分が何を求めているのかわからなくなります。正確に言うと、言語化できなくなるのです。テレビの画面が汚いことはすぐわかり、「汚いです」と言えますが、Amazonのプライムビデオを電車の待ち時間と電車の中ではスマホで見、家に帰ったら続きを60インチのテレビ画面で見る人の中で、「その時々の状況に適したデバイスで見ることにより、隙間時間が有効に使え、かつなかなか見ることのできなかった映画多く見ることができるようになった。ただ、映画を切れ切れに、いわば連続ドラマのように見るという全く新しい視聴の仕方が自分の中で生まれてきたことは全く新しい体験だと思う」といったことをきちっと言語化できる人はそんなにいないでしょう。少なくとも、聞かれてパッと言えるようなことでないことは確かです。
こうして「顧客自身にも分らない顧客の願望」という認識が生まれました。これが「顧客体験」の核心です。つまり、顧客に聞いてもわからないのです。少なくともうまく説明できないのです。だから、市場調査をしても、アンケートをとってもあまり意味がない。ではどうすればいいのか? そこで、デザイン思考が強調するのが「共感」なのです。「顧客自身にも分からない顧客の願望」を共感を通して知ることを、IDEO系のデザイン思考では「インサイト」と呼んでいます。重要なのは市場調査ではなく、共感よって獲得するインサイトなのです。
●「顧客体験」を洞察するAI・ビッグデータ・IoT
さて、「顧客自身にも分らない顧客の願望」を明らかにするのに、もう一つ方法があります。AI・ビッグデータ・IoTです。人は思っている以上に自分の行動を意識できていません。2,3か月分のカードの買い物データを見て、こんなに使っていたんだとか、こんなものも買っていたのかとか、意外に安物買いの銭失いだなといったことに初めて気づくとことはよくあります。自分のやっていることがまったく意識できていないのです。しかし、それもデータが積み重なれば見える化されてきます。ここにAI・ビッグデータ・IoTの核心があります。企業的に言えば、顧客の隠れた(顧客も気づいていない)購買パターンを洗い出し、顧客に気づかせ、欲望を掘り起こし、購買につなげるといった形で、 「顧客自身にも分らない顧客の願望」を刺激しようとするのです。
このように 「顧客自身にも分らない顧客の願望」にアプローチする方法として、共感志向とデジタル志向の2つがあると言えます。現在、私の印象では、この2つは多くの場合切り離されています。共感志向を追い求める人とデジタル志向を追い求める人が一致しているケースはあまりないという印象です。
●デジタル志向と共感志向の融合としてのGAFA
しかしこの2つを融合している典型例があります。GAFAです。
GAFAがAI・ビッグデータ・IoTの最先端企業であることは言を俟たないでしょう。上の「顧客の隠れた(顧客も気づいていない)購買パターンを洗い出し、顧客に気づかせ、欲望を掘り起こし、購買につなげる」というのはAmazonのリコメンドを連想しています。GAFAはネットを中心としたユーザーのライフログを大量収集し、AIで分析し、顧客の購買行動を徹底的にコントロールしようとします。場合によっては内面まで読み取り、ディープラーニングでパターン化し、性格傾向に沿ったコントロールもできるようになります。他のネット企業も、言ってみれば、GAFAの後を追っているのです。
しかし、他方でGAFAはUI、UX、CXにも徹底的にこだわる。情報検索をするにしても、買い物をするにしても、友達とつながるにしても、使いやすくて、便利で、快適で、楽しくなければ、誰からも見向きもされないからです。また、個々のサービスをバラバラに提供するのではなく、複数のサービスをカスタマージャーニー化することによって、利益を最大化する際にも、スムースなCXのつながりが不可欠です。そして、何よりも顧客行動や顧客体験そのものを大きく変革してきたのは、他ならぬGAFAなのです。
・Googleは情報に基づく行動の構造を根本から変えた。
・Amazonはモノを買うという消費者行動の構造を根本から変えた。
・Facebookは人と関係する体験を根本から変えた。
・Appleは「スマホ」を中心にあらゆる体験と行動をデジタルベースに変えた。
GAFAは良くも悪くも私たちの未来を象徴しています。そしてその未来には、「顧客自身にも分らない顧客の願望」という決定的なポイントがあり、そこへのアプローチにはデジタル志向と共感志向の2つの通路があるのです。
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■執筆者プロフィール
清水 多津雄
ITコーディネータ
ITコーディネータ京都理事
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