量子コンピュータというイノベーション / 馬塲 孝夫

●今回は、ちょっと難しいテーマを取り上げたいと思います。最近色々な所で目にするようになった「量子コンピュータ」です。現代社会では、至る所にコンピュータが組み込まれており、それなしではもはや現代生活が機能しない事は周知の事実ですが、では一体、最近喧伝されている「量子コンピュータ」というのはどんなものなのでしょうか。

 

●現在使われているコンピュータは、原理上、数字の0、1のみを使って、すべての計算や仕事をしています。従って、何かを処理するためには、すべての作業を、この0、1で表現し直して処理しなければなりません。また、一度にとれる状態は、0か1のどちらかです。それに対して「量子コンピュータ」は一度に、何種類もの状態を取ることができます。そのため、従来のコンピュータが処理できる内容を、それよりも短時間で処理できるようになります。ある種の問題に限れば、現在の最高速のスーパーコンピュータよりも、より早く結果を出すことができる可能性があります。すなわち、「量子コンピュータ」は現在のコンピュータの動作原理とは全く異なる動作原理を持つコンピュータと言えます。

 

●この夢物語のようなコンピュータの原理は、1982年米国の理論物理学者のR.ファイマンや、1985年英国オックスフォード大学の物理学者D.ドイチェの量子力学における計算理論の研究成果により提案されたといわれています。ただ、とても難解な学術的な話ですから、我々の日常生活には、なんの影響もなさそうと一般的に考えられていました。

 

●その様相が一変したのが、2011年です。カナダのD-Wave Systemsという会社が、突如「量子コンピュータ」を商業化したので、世界中の専門家の中で大騒ぎとなったようです。本当に、これは「量子コンピュータ」なのか ? と疑われたりしたようですが、現在はD-Wave Systems社のマシンが「量子コンピュータ」の一つの方式「量子アニーリング方式」に基づくコンピュータとの結論で決着しました。

 

●理論上のものが、現実のハードウエアとして出現すると、とても強いインパクトがあります。夢が現実になったのです。これは、現在のAIブームにもみられることで、従来は夢物語と思われたことが、AIの「ディープラーニング」の技術によって現実のものとなり、このイノベーションが、実用的なビジネスに適用され、次々と我々の社会生活を変えつつあります。

 

●では、この「量子コンピュータ」は、現在進行形のAI革命に匹敵するものになるのでしょうか。過去、現在のコンピュータとは異なる方式を実現し、当時のコンピュータを凌ぐコンピュータを目指した、英国インモス社の「トランスピュータ」や米国シンキングマシンズ社の「コネクションマシン」(マニアックですが)は、現在のコンピュータの継続的な性能向上によるイノベーションに負け、ビジネス的には敗北を喫しました。「量子コンピュータ」が同じ道をたどる可能性もゼロではありません。

 

●シンクタンクの野村総研が2018年3月8日に出した「ITロードマップ2018年版」によると、「量子コンピュータ」は、2018年から2022年までが黎明期。2024年からが発展期としています。また、世界に目を向けると、グーグル、マイクロソフト、インテル、IBM、アリババ等のITジャイアントが、既に多額の資金を投じて、この「量子コンピュータ」の研究開発とビジネス化に注力しています。「量子コンピュータ」の真骨頂は、スーパーコンピュータでは実現できない処理を行う事ですから、現在話題となっている「ビッグデータ処理」や「AI革命」との親和性が高く、ビジネス的な適用分野としては、創薬、ヘルスケア、フィンテック、バイオサイエンス、交通渋滞予測、コンピュータビジョン、機械学習等でその応用が期待できます。

 

●このような状況を踏まえれば、「量子コンピュータ」は今後有望なイノベーションではないでしょうか。この分野では、「量子超越性」という言葉がキーワードであり、これは、「量子コンピュータ」が現状のコンピュータでは実現不可能な処理能力を備えていることが現実に証明されることを意味しています。もし近い将来、「量子超越性」が実現されれば、我々の日常生活がまた一歩大きく変わるかもしれません。

 

<参考ページ>

D-Wave Systems:https://www.dwavesys.com

 

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■執筆者プロフィール

馬塲孝夫(ばんばたかお) (MBA)

 

ティーベイション株式会社 代表取締役社長

(兼)大阪大学 産学共創本部 共創人材育成部門 副部門長・特任教授

(兼)株式会社遠藤照明 社外取締役

e-mail: t-bamba@t-vation.com

URL: http://www.t-vation.com

 

◆技術経営(MOT)、産学連携、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産産情報システムが専門です。◆