デジタルトランスフォーメーションのすすめ / 池内 正晴

1. デジタルトランスフォーメーションとは

 デジタルトランスフォーメーション(以下DXとする)という言葉がよく聞かれるようになって久しい。ITベンダーが顧客に対してDXに対応しないと競争力がなくなってしまうなどと言って、IT投資を盛んに進めている光景を目にすることも多いであろう。このDXとは、今まで進められてきたIT化とは何が異なるのであろうか。

 Digital transformationは直訳すると「デジタル化への変革」になるであろうか。では、デジタルと聞いて多くの人が思い浮かべるのはアナログとの対比で、針の時計に対するデジタル時計や音楽を聴くときのアナログレコードに対するデジタル音源であるコンパクトディスクなどがあるのではないだろうか。そしてデジタルを代表する機器としてコンピュータを思い浮かべることもできる。

 しかし、この現代において大半の企業は会計システムなど何らかのコンピュータシステムを導入している。ここにきて何がデジタル化なのだろうと思われた方も多いのではないだろうか。

 この謎を解くヒントが「デジタル化」という言葉にある。これまで、企業活動などでコンピュータなどの導入を進めてきたときによく言われていたのが「IT化」という言葉であった。「デジタル化」と「IT化」の違いについてあまり明確な定義は見当たらないのであるが、IT化とは企業内の情報システム構築、すなわち昔によく言われていたOA(Office Automation)化の延長線上にあるものという意味合いが強いのではないかと考える。

 それに対するデジタル化は、企業内の業務処理にとどまらず、顧客とのやり取りなどに関する部分についても情報技術を導入し、カスタマー・エクスペリエンス(Customer Experience:顧客経験価値)の向上などを図ることを表すのである。

 

2. デジタルトランスフォーメーションの具体例

 IT化とデジタル化の違いについて、理解を深めてもらうため、仮想の事例として「多くの自動販売機を保有する飲料水メーカー」について考えてみる。

 自動販売機で飲料を販売する際、商品の適切な補充が重要になってくる。欠品をしてしまうと販売機会を逃すことになるが、必要以上に商品補充のトラックを走らせるとコストの増加につながる。それを解決するために、在庫管理や需要予測のコンピュータシステムを導入し、商品の補充を適正化し効率化をはかるのである。さらにIoT技術を使うことにより、各自動販売機の在庫情報をリアルタイムで把握することができ、予想外の売れ行きによる欠品を防ぐことも可能になる。概ねこのあたりまでが従来のIT化と言われる範疇である。

 これにデジタル化が加わると、IoT技術を活用して自動販売機に温度・湿度などの環境を把握するためのセンサーや購入者を認識するためのカメラシステムを搭載し、年齢や性別などの顧客属性を認識したうえで気候条件を勘案して、おすすめの飲料を提案するだけでなく、提供する飲料の温度を調整したり、場合によっては販売価格を変更するようなこともあるかもしれない。さらに、欠品を予測して事前に商品補充の手配をかけるだけでなく、購買動向の変化を予測して商品ラインナップの変更の指示も行えるだろう。

 ここで注意してほしいのが、IoTを導入するということが、デジタル化ではなく、デジタル化を進めるために非常に有効な技術のひとつがIoTであるということである。

 理解しやすいように、誤解を恐れず大まかに表現すると、企業活動においてIT化は内向きで、どちらかといえば守りの仕組みであり、デジタル化は外向きで攻めの仕組みと考えても良いのではないだろうか。

 守りの仕組みについては、他社の事例を見て、それを参考に導入しても一定の効果は出るが、攻めの仕組みについては、他社が導入した後にそれを参考として導入しても、その時点で攻めの効果は小さくなっている。本当に攻めるためには自分たちで新たな顧客価値を創造していく必要がある。そこでデジタル技術を積極的に活用することにより、これまで難しかったことが実現可能となるのである。

 

3. デジタルトランスフォーメーションはバズワードか

 このDXについては、バズワード(明確な意味がなく、人々の関心を引くためのだけ言葉)ではないかとの声も多く聞かれる。確かに多くのITベンダーが販売戦略としてDXというキーワードを積極的に使っていることは事実であり、耳障りに感じることがあることも否めない。しかし、明確な意味がないという指摘については、新しい技術や概念を示す言葉については、ある程度仕方ないこととも考えられる。

 さらにこの類の言葉は、数年の月日が流れると聞かれなくなることが多い。だから単なる一時の流行言葉であまり気にする必要はないという人もいる。しかし、新しい技術や概念を表す言葉が聞かれなくなったから、その技術などはなくなってしまったかというと、一部がなくなってしまっていることは事実であるが、大半は残っているどころか、あたりまえの技術や概念になっていて、あえてそのことを騒ぎ立てる必要がなくなっているということが事実ではないだろうか。

 数年前に多く聞かれたWeb2.0という言葉についても、最近ではほとんど耳にすることはなくなったが、その時に提唱された概念は、今では当たり前のように使われているのである。

 新しい言葉が出てきて騒がれると、バズワードではないかといって耳を塞いでしまう人がしばしばおられるが、何か時代が次に進む胎動である可能性があるということを認識して、大変ではあるかもしれないがアンテナはしっかりと張っておいてほしい。そして大きな時代の流れに追いかけられるのではなく、追いかけることができる立場になっていただきたい。

 

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■執筆者プロフィール

 

池内 正晴 (Masaharu Ikeuchi)

 

学校法人聖パウロ学園

    光泉中学・高等学校

ITコーディネータ