リクルートテクノロジーズの人材育成と組織強化 / 岩本 元

 今回は「リクルート、進化を止めないIT現場力」他の文献やヒアリングで知った、リクルートテクノロジーズ社の取り組みを紹介します。

 

1. リクルートテクノロジーズの流儀と哲学

 リクルートテクノロジーズ社は2012年にリクルート社がホールディング制に移行する際、リクルート社のIT部門が分社化してできた機能子会社です(内販率100%)。リクナビ、ゼクシィ、Suumo他のリクルートグループの各種ネットサービスの競争優位を構築するため、ITとネットマーケティングの基盤を開発し、ビジネスを実装するミッションを担っています。

 同社のシステム開発における流儀は「品質・コスト・納期という「総論」だけでなく、作業を管理する立場にある者でもきちんと「各論」を理解しておくべき。プロジェクトの管理タスクだけに終始してもシステムは何とか出来上がるかもしれない。しかし万が一問題が発生したとき、各論を把握していなければ問題の本質を探り当てて適切な判断を下せない」というものです。その根底には「社員1名1名が仕事に対して当事者意識を持つこと。それも生半可な当事者意識ではなく、圧倒的な当事者意識を持って自ら先頭に立って動く」という哲学があります。

 

2. リクルートテクノロジーズの人材育成

 「プロジェクトの主要な各論を一通り把握するには相応の時間が掛かる。現場叩き上げの人材が育ってくるのを待つだけでは、目指すべきネットビジネスの成長スピードを支えられるだけの人材を確保できない」との理由から、リクルートテクノロジーズは各種の人材育成策を取っています。

 

(1) 新入社員向け研修

 実際のネットサービスの開発とほぼ同様のプロセスを疑似的に一通り体験するカリキュラムを設けています。研修であっても納期厳守が求められ、当事者意識をしっかりと持って、自分の手を動かして各論を学べます。

(2) 海外の提携企業の技術者派遣制度

 毎年若手エンジニアを1人選抜し、ベルリンのスタートアップ企業に1年間、武者修行として派遣しています。先方企業は力のあるエンジニアの手を借りることができ、リクルートテクノロジーズは最新のテクノロジーやビジネスに関する情報などを輸入できるといったWin-Winを図っています。

 

3. リクルートテクノロジーズのアジャイル開発

 ネットサービスのリーンスタートアップや端末環境の頻繁な変更に追随するため、スマートデバイス用アプリケーションを短納期で開発・改修するアジャイル開発チームを2011年に立ち上げています。

 チーム体制は、組織間の距離を縮める「プロジェクト化」と物理的な距離も縮める「ワンロケーション」(同じ場所で一緒に作業する)に基づいています。プロジェクト化の効果として部門間調整や複数承認ラインの無駄を排除しており、ワンロケーションの効果としてインタラクティブな企画・要件検討と認識合わせのための中間成果物の作成工程をなくしています。各案件にアジャイル開発を適用するための条件としては、以下の4つを設定しています。

 

(1) 経営の理解

 ビジネス部門の経営層の期待は何か。アジャイル開発は目的化していないか。

(2) 組織構造

 アジャイル推進のための最適な体制と業務分掌(権限移譲)となっているか。

 アジャイル開発ができる人材は確保できているか。

(3) 労務環境

 ワンチームで最大の効果を出す労務環境を提供できているか。

(4) アーキテクチャ制約

 アジャイル対象システムと非対象システムが分離かつ疎結合となっているか。

 

 チーム立ち上げ後の6か月で新規26アプリを開発し(各アプリについて6~10人月、1~3か月)て127回リリースし(継続的な機能追加)、アプリのマーケット評価は★2点台から★4点台にアップ、月次のクラッシュ件数も95%削減したそうです。

 

4. リクルートテクノロジーズのオフショア開発

 2000年頃、リクルートテクノロジーズはインドにおけるオフショア開発を試みましたが、言語の壁によるコミュニケーションロスなどの問題に直面して撤退しました。そして、2012年からベトナムのFPTソフトの20名のチームと共にオフショア開発に再挑戦しました。再挑戦にあたって、オフショア開発の5つの壁を認識して対策を立てたそうです。

 

(1) オフショアベンダに委託する開発工程が短いため、コスト削減効果がプロジェクト全体から見ると小さい。

(2) 発注元とオフショアベンダとの間に日本と現地それぞれで複数のソフトウェア開発会社を挟むため、開発コストがかさみコスト削減効果が薄れる。

(3) テレビ会議を使ったコミュニケーションはやり取りできる情報量に限りがあり、情報の抜けや漏れが避けられない。

(4) ブリッヂSEによって情報が欠落するトラブルが多い。

(5) 通訳を間に挟んで日本語と現地語でやり取りを行うと翻訳の過程で情報の抜けや漏れが発生する。

 

 (1) の対策として、プロジェクトのほぼ全工程をオフショア先に出すことにしました。(2) の対策では、間に他社を一切挟まずにオフショアベンダと直接契約しました。最後に (3) ~ (5) の対策として、発注元の社員がオフショア先の現地に常駐し、現地の開発要員と対面で直接コミュニケーションを取ることにしました。

 その結果については「70人月の比較的小規模なプロジェクトで試行したが、トラブルの連続。日本では当たり前に行われているマネジメントプロセスを現地メンバーと共有する必要がある」と述べています。例えば、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)の文化が現地にはなく、こちらから強く報告を促さない限り、報告も連絡も上がってこない現状を一旦受け止め、改善方策を考えたそうです。

 そこで、報告・連絡・相談を怠ることでプロジェクトの運営にどのようなリスクが生じるかを懇切丁寧にFPTソフトのメンバーに説明しました。メンバーは呑み込みが早く、正確に指示を出せば高品質のアウトプットで応えてくれたそうです。それでも全ての問題が解決した訳でなく、日本側でエンジニア(=コスト)を追加投入しましたが、結果的に納期を遵守し、品質面ではシステム稼働後の1ヶ月で発生した障害は3件のみ(コミュニケーションロスが原因ではないもの)でした。

 

 その後の3年間で、日本人技術者がオフショアベンダの技術者にプロジェクトマネジメントの方法論を教育したり、要求仕様を理解して品質を管理するBAL(ビジネス・アナリシスト・リーダー)と進捗を管理するPIM(プログレス・イシュー・マネージャー)の2種類のプロジェクトマネージャーをオフショアベンダ側に設置する等の体制改善を行いました。現在では、リクルートテクノロジーズ社のシステムを担当するFTPソフトのメンバーは約400名となり、開発の品質とスピードは日本の開発チームを凌駕しているそうです。

 

5. リクルートテクノロジーズのIT組織

 「現代のシステム開発では、理解すべき技術分野が飛躍的に拡大している。クラウドを始めとする新しいインフラ技術の登場や、分散システムによる複雑なアプリケーション構成、ビッグデータの処理と分析、多様なデバイスのフロントエンドへの対応、大多数のユーザーにとって使いやすい優れたユーザーインタフェースの設計、セキュリティなど、多種多様なものに目を配らなければならない」

 上記を背景として、リクルートテクノロジーズはシステム開発の様々な技術領域を切り出して専門組織を作っています。最初に立ち上げたプロジェクト推進部は、大規模プロジェクトの品質やコスト、スケジュールの管理手法、開発スキーム、開発フレームワーク、開発技術の標準化などの取組を全社横断で推進する組織です。さらに、オフショア開発やセキュリティ、ビッグデータなど、技術分野ごとに専門組織を設けています(機能別組織)。

 一方でリクルートグループの事業への貢献度を高めるため、各サービスのビジネス上の背景や意図、ビジネスモデル、収益モデルを理解し、事業側の担当者と常に連携を取りながら、ビジネスゴールを達成できる最適なシステムを企画・設計・構築する組織も設けています(事業別組織)。これら2種類の組織の間には次のような違いがあり、当初は溝が生じたそうです。

 

<機能別組織>

・計画からのズレを修正し目標を達成すべきと主張。

・事業別組織に対し、納期もコストも守るつもりはないのか?と詰め寄る。

・手順重視のウォーターフォール開発を推進。

 

<事業別組織>

・状況に合わせて計画の内容を柔軟に変えていくべきと主張。

・機能別組織に対し、利用者の要望に応える気はないのか?と切り返す

・スピード重視のアジャイル開発を頻繁に採用。

 

 意識の溝の対策として勉強会やミーティングを設定し、「なぜ自分たちはこういうやり方を採っているのか」「何を根拠としてこうすべきだと思っているのか」「それを怠ると具体的にどんなリスクがあるのか」など一つ一つ丁寧に説明し合いました。その他の施策も実施した結果、以下のように溝が埋まったそうです。

 

・バックエンド部分の開発はウォーターフォール開発、フロントエンド部分の開発はアジャイル開発を採用するハイブリッド型スキームを編み出した。

・プロジェクト途中でやむを得ず仕様変更する問題についても、技術的な判断とビジネス上の判断をうまくすり合わせる形で決着(画面の仕様変更はするが、データベース項目の変更はしない等)。

 

 現在、多くの機能別組織と事業別組織が案件ごとにタッグを組んでプロジェクトを運営することでコスト優先、スピード優先、品質優先など異なるニーズに柔軟に応えています。

 

 

 リクルートテクノロジーズはアジャイル開発とオフショア開発というIT部門やSIベンダが注目する(した?)2大テーマで成果をあげました。そのキーは当事者意識をベースとした人材育成、組織強化にあると思います。

 

 (参考)

・米谷修(2016)、「リクルート、進化を止めないIT現場力」、日経BP社

・日経コンピュータ(2018.2.15)、「崩壊するオフショア開発」、日経BP社

・リクルートテクノロジーズ:https://recruit-tech.co.jp/

 

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■執筆者プロフィール

 岩本 元(いわもと はじめ)

 

 ITコーディネータ、技術士(情報工学部門、総合技術監理部門)

 &情報処理技術者(ITストラテジスト、システムアーキテクト、

 プロジェクトマネージャ、システム監査他)

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