●「創発」のもともとの意味
創発という言葉がよく聞かれるようになりました。企業が何か新しいものを生み出すという文脈で、特にボトムアップでアイデアや提案が上がってくるような場合に、この言葉が使われるように思います。しかし、残念ながら、この言葉がその本来の含意で使われることはあまりないように思います。企業が創造的であるために、創発はきわめて重要ですが、あまり理解されていない状況があるのではないかと思います。
創発はもともと英語の emergence の訳です。emergence とは簡単言えば、突然現れることです。派生語で emergency という言葉がありますが、これは緊急事態、危機的状態を指します。救急医療を指すERのEも emergency のEです。突然の出来事という含意がそこにはあります。それから推測すると、emergence は、突発的な出現のことだと言えるでしょう。
とすれば、創発という訳語には、何か重要な要素が欠けているように感じます。それは「突如現れた」というニュアンス、「突然」「突発」というニュアンスです。emergency に「緊急」とか「危機的」とかいう意味が含まれるのも、「突然現れる」からではないでしょうか。「創発」には、この「突然」というニュアンスがあまり含まれていないように思われます。emergence は「創発」よりも「突発」 と訳した方が、本来の含意に近いのではないでしょうか。
そう考えると、「創発 emergence」の重要な意味が見えてきます。それは、予測不可能性、手順を踏んで導出することの不可能性といった意味です。Aが起こればBが起こり、するとCが起こるという因果関係があれば、Aが起こった段階でCが起こることを予測できます。それに対し、AもBも起こっていないのに、何の脈略もなく、いきなりCが起こるとするなら、これが「創発 emergence」なのです。
●論理手順を切断する「創発」
端的に言ってしまえば、「創発 emergence」は論理手順を切断します。「創発 emergence」は論理手順とは相容れない本質を持っているのです。アイデアが「創発」するというとき、アイデアは論理的には導き出せないということを意味しています。A→B→Cと手順を踏んでいけば、論理必然的にアイデアが出てくる、といったことはあり得ない。どれだけ必死で考えてもアイデアは出てこないかもしれないし、お風呂に入っているときなどに、ふっとアイデアが浮かんでくることもある。アイデアはそんなふうに「創発 emergence」するのです。
●イノベーションの困難さの根源としての「創発」
イノベーションとか、新たな価値の創出とか、いろいろ言われますが、その困難さの根源をたどると、結局この「創発 emergence」問題に行きつくと言っていいでしょう。一定の手順を踏めば確実に出てくるといったものなら扱いやすいのですが、そうしたコントロールが基本的に効かないのです。新商品サービスのプロジェクトを始めたとしても、使えるアイデアが出てくるかどうか、誰にも分らない。とすれば、結局プロジェクトをマネジメントすることもできない。それではそもそもプロジェクトにならないのです。
では、まったくのノーコントロールなのか? 実は、そんなことはありません。唯一コントロールできることがあります。それは発生の確率を高めていくことです。「良いアイデアを思い付いた」と言われるように、アイデアは基本的に「思い付く」ものです。この本質はいかんともしがたい。ですが、たった一つ、その「思い付く」確率を高めることはできるのです。そこにイノベーション方法論の核心があります。イノベーション方法論はイノベーションを論理必然的に起こすためのものではありません。それはイノベーションの確率を可能な限り上げていくための方法論なのです。たとえば、ブレーンストーミングの仕方をよくわかっていない人たちがブレーンストーミングをやろうとすると、多くの場合、単なる議論になります。これではまともなアイデアは出にくくなります。しかし、ブレーンストーミングのやり方をマスター人たちがやれば、良いアイデアが出てくる確率が、グッと高まるでしょう。このようにして、わたしたちは、新しいものが現れる可能性をできる限り高めていく努力を常にしていくべきなのです。
●「創発」という経営問題
ですが、それで良いアイデアが確実に出てくるようになるわけではありません。「思い付く」というこの本質は、最終的には取り除くことはできません。ここに経営における重大な問題があります。経営は戦略目標が定まれば、あとは戦略立案→実行計画立案→実行ときわめて論理的な枠組みで行われるように見えます。当期目標は当期末には確実に達成できるのでなければなりません。達成できるかどうか事前にはわかりません、では企業として失格とみなされるでしょう。
すなわち、公表した業績目標はいわば約束ですから、確実に達成していかなければならず、約束するためには達成できる見通しが立っていなければならず、その見通しは戦略と実行計画の根拠ー帰結関係(論理性)からのみ導き出されることになるのです。とすれば、ここには「創発 emergence」の入り込む余地はないと言わねばならないでしょう。「思い付く」かどうか、などということに頼っていたのでは、企業経営にならないのです。
しかし、他方で、現代の企業にとって「創発 emergence」が避けて通れないことも、また確かです。この市場変化の激しい時代、いまやっている事業や商品サービスがいつダメになっていくかもわからない。それに備えて常に新しい事業や商品サービスを生み出し、育てていかねばならない。どんなときも、次の弾が準備できていなければならないのです。その意味で、現代の企業経営にとって「創発 emergence」は必須です。「創発 emergence」こそが自社の未来を創ってくれるのです。では、経営の論理性と「創発 emergence」というこの水と油のような2つのものをどうすればいいか?
●経営の中に「創発」を位置づける
両者を混同しないこと、それぞれをふさわしいやり方で適所に位置づけること、それこそが要となるでしょう。たとえば、通常の戦略では、目標を確実にかつ最も効率的に達成しなければなりません。しかし、新事業の立ち上げや新商品サービスの開発には確実性や効率性を求めてはなりません。やってみなければわからないという状況をあえて引き受け、試行錯誤を繰り返していくことが不可欠なのです。小さくはじめ、失敗を許容し、そこから学ぶことを重視する。その体制が整っていなければ、新事業の立ち上げや新商品サービスの開発は簡単につぶれてしまうでしょう。
企業の中にまったく異なる2つの体制を持つ。1つは目標達成の確実性と効率性を追求する体制。いま1つは創造の偶発性と試行錯誤を受け入れる体制。この2つの体制を区別し、かつ適確にマネジメントすることが、現代の企業経営には求められるのだと思います。
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■執筆者プロフィール
清水多津雄
ITコーディネータ
大学・大学院での専攻は哲学。
現在、オートポイエーシス理論、とりわけニクラス・ルーマンの社会システム理論をベースに、中小企業で活用できるでる創造性の方法論を研究・実践している。
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