■はじめに
前回は記念すべき800号のメルマガに書かせていただき,今回は2018年度の最初のメルマガになります.皆様,今年度もITC京都をよろしくお願いします.
このメルマガでは,私はいつも映画を題材に使っています.今回の執筆にあたって,最初は最近の将棋ブームから,夭折した棋士の村山聖さんを主人公にした「聖の青春」という映画をネタに「将棋とAI」で書こうかなと思っていました.そうしたら,岩本さんに先を越されました.次に「エクスマキナ」という映画で「AIに愛はあるのか ?」にしようと思ったら,今度は池内さんに先を越されました.DVD買ったんだけど…
しょうがない(笑)ので,こちらのネタにしましたが…率直に言って,この映画は良くわかりませんでした.恐らくキリスト教,特にローマン・カトリックの知識がないと,理解しにくいのではと思います.映画を見た後に原作も読みましたが,原作は面白かったです.
執筆を始めたのが3月11日なので,まだ3回投稿がありますが,これ以降はネタが被っても知らないことにしておきます.
■レオナルド・ダ・ヴィンチ
映画の「ダ・ヴィンチ・コード」の最初の方に,ウィトルウィウス的人体図が出てきます.レオナルド・ダ・ヴィンチは,人体の調和に興味を持っていたようで,ウィトルウィウス的人体図は,円と正方形に内接するように人体が描かれています.実際にダ・ヴィンチは人体解剖も行っていて,解剖図のデッサンも残しています.
ウィトルウィウスは古代ローマの建築家らしいので,レオナルド・ダ・ヴィンチの時代とは1500年ほど離れているのですね.今から1500年前の日本は,古墳時代~飛鳥時代です.この時代に書かれた建築の本というか記録をもとに絵を描いているわけで,記録するということがいかに重要か分かります.どこかの省庁のように,交渉記録とかを改竄したりしてはいけませんね :-)
■外科手術
私には職業柄か,プロセスや構造を観察して要素に分解して考える癖があります.例えば料理なら,材料を選ぶ→切る→加熱する→味を付ける→盛り付けるの「順列組合せ」だと考えています.ちょっと「ビョーキ」かも知れません.
私は医学には素人ですので間違っているかもしれませんが,ガン等の外科手術は,粗っぽく言ってしまえば「切る」と「縫う」の組合せです.「縫う」作業量は「切る」作業量にデペンドしますから,楽をするためには切る範囲を小さくすれば良いことになります.本当に切る必要があるのは,体内の患部だけです.それ以外の切開は患部に達するまでの途中経過ですから,言ってしまえば「余計」です.切る範囲が大きくなれば縫う範囲も大きくなります.医師の負担も増えますし,感染症のリスクも高まり治癒にも時間がかかります.当然,医療費もかかります.
外科手術において,執刀医は「神」です.
全ての権限と責任は執刀医に集中します.したがって,執刀医は手術中は休むことは許されません.もっとも外皮の縫合とかは,助手の医師が行うことが多いようではありますが…
23時間に及ぶ心臓移植手術を終えて,疲労困憊して椅子に座り込んだ外科医と床に倒れている助手の写真を見たことがあります.感動的な写真ですが,外科手術は基本的に立って行いますし,手術中は食事はおろかトイレにも行けないと思います.医師の負担が増えれば,ミスの可能性も高まりますし,医師の健康にも問題が起きます.
どうして切る範囲が広がるかというと,ひとつの要因に人間(執刀医)の物理的大きさの問題があるように思います.TVドラマにもなった,海堂尊氏の「チーム・バチスタの栄光」では,拡張心筋症のバチスタ手術に目の見えない執刀医がでてきます.しかし普通は闇雲に切るわけにもいかないので,目で見えるようにある程度の手術野を確保する必要があります.
また人間には手が2本しかありません.「縫う」ときには,例え雑巾でも両手が必要です.1箇所を縫うのに2本の手が必要であれば,1箇所ずつ縫っていく必要があります.
■ダ・ヴィンチ手術
腹腔鏡手術というのがあります.腹部にいくつか小さい穴を開けてそこから器具と内視鏡を挿入して行う手術です.通常の手術と比べると,侵襲(手術だけでなく生体を傷つける行為を侵襲と言います)が小さくて済みますので,身体への負担が小さいそうです.侵襲が小さければ,これまでは体力的に手術に耐えられないと判断された患者さんや,子供にも手術ができます.
しかし,腹腔鏡手術の手技は相当難しいようです.患部を直接見ることができません(内視鏡は小口径・固定焦点のワイドレンズだと思うので視野は狭いし歪みます)し,触って感触を確かめることもできません.また,腹腔鏡手術で使用する器具は精巧な高枝切り鋏みたいなもので,習得に時間がかかるようです.実際に大学付属病院やがんセンターにおいて連続手術死がおきて,大きな問題になりました.
新しい外科手術の方法で「ダ・ヴィンチ手術」というものがあります.これは da Vinci という手術用のロボットの支援による低侵襲手術です.日本でも保険適用範囲が広がっているようで,今後増えていくと思います.
医師は,離れた場所から座った状態で大きな3Dモニターを見ながら手術を行います.手術台には3~4本のアームがあり,これらのアームを使って開腹手術と同じような感覚で腹腔鏡手術ができるそうです.もちろん患部を直接触るわけではありませんので,触感に関しては問題が残ると思いますが,IBMやMIT,NASAの技術によって,ある程度はカバーされているようです.
モニターは視野の拡大が可能で,しかもアームの手術部では人間の手の大きな動きを小さくできます.人間の手は1cmくらいの動きは制御できそうですが,1mmとかの動きは難しいです.不器用な人でも1cm幅で縫うのは簡単ですが,1mm幅で縫うのは難しそうです.このように微細な手術も可能になります.
この技術によって,23時間かかっていた手術が7時間で終わるようになれば,単純に計算しても3倍の命を救うことができます.
ちょっと考えれば,他にも良いところがあります.患者と執刀医の場所が離れていても良いということは,帯域さえ確保できれば離島や僻地で東京やNYの医師の手術を受けることができるということです.視点を宇宙に広げれば,宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで病気になっても手術が受けられます.
もし,ゴッドハンドと呼ばれるような医師がいたとして,今は患者が医師の所に行くか医師が患者の所に行って手術する必要がありますが,その人の手術をどこでも受けられます.医療の輸出ビジネスが可能になります.
また,ほぼ完全な記録を残すことができます.後進の医師の指導や医療過誤の判定にも役立ちそうです.
■診断と治療
タイトルにした「医療」を要素分解すると「診断」「治療」と「経過観察」の3つのフェーズがあるように思います.
「診断」は病気の症状という好ましくない事象に対する原因分析です.
病気の症状が出ているということはプロジェクト・マネジメントやロジカル・シンキングで言うと「問題」です.その「問題」の原因(病名)を探るのが「診断」ですから,まぁ「なぜなぜ分析」の一種と思って良いかと思います.
以前,首が痛くなって整形外科にかかったことがあります.首のレントゲン撮影を行って,医師はしばらく眺めてから「第六頸椎が変形していますね」と宣言しました.私が「原因は何ですか」と尋ねると,あっさり「加齢ですね」と言われました.その時に,首が痛い→なぜ首が痛いか→第六頸椎が変形しているから→なぜ第六頸椎が変形しているのか→齢をとったから(真の原因)という図式が思い浮かびました.こういう風に考えてしまうのは,別の「ビョーキ」かもしれません orz.
診断の結果で治療方針や治療計画が立てられます.治療方針は,まぁ言ってみれば要件定義に相当すると思います.治療計画はプロジェクト計画ですね.
「治療」は診断によって明らかになった原因を取り除く行為だと思います.医師は「この病気ならいつ頃回復して予後はどうなる」という予想をしていると思います.それを治療計画として,ステークホルダーの患者や家族に説明して合意(インフォームド・コンセント)します.それから治療計画にしたがって,計画した回復時期に計画した回復状態まで病状を持っていくと考えれば,プロジェクトのもつ要件を満たしているように思います.
まぁ私のように,原因が加齢であれば,時を戻すことはできませんので「進行を遅らせる」か「放置する(諦める)」というのが第一選択肢になりそうです.機械なら部品交換でもできるのでしょうが…
そうなると「経過観察」は「運用・保守」フェーズになります.
定期的に状況を観察して定期点検を行い,患者(システム)を一定の状態に保つために予防保守を行うというところでしょうか.こう考えていくと,医療におけるカルテは,XDDPにおけるUSDMみたいなものになります.USDMをシステムやモジュールにおける「カルテ」として採用するというのも一つの方法のように思います.
■AIによる画像診断
20年位前に立てた私の予想では,音声はリニアにビット列で扱えるので,音声解析の技術は進んで,声紋解析とかは直ぐにできるようになると予想していました.しかし,指紋照合技術を考えても,画像解析による個人特定の技術には時間がかかるだろうと思っていました.
ところが今では皆さんご存知のようにfacebookのタグ付け機能をはじめ,画像解析技術は驚くほどの進歩を遂げて,今使っているこのPCでもカメラで私の顔を認識して認証します.時々「認証できません」とか言われて「私の顔って人間じゃないのかな」とか思いますが…
人間系によるレントゲン画像等の読影には,相当な熟練が必要なようです.以前マンモグラフィの画像を見たことがありますが,全く分かりませんでした.乳がんの発症は40歳代から増加するそうですが,発見しやすくなるのも40歳代からなのかもしれません.
この分野でもAIは役に立ちそうです.経年変化を見ようと思うと,人間は以前の写真を引っ張り出してきて,シャーカステンに並べて見比べる必要がありますが,データで保存されていれば,AIなら過去10年間の画像を比べても1秒もかかりません.しかも,人間系の診断では複数の医師が同じ写真を観て診断しているようですが,AIなら違うニューラル・ネットワークのAI複数台で診断しても,時間はほとんど変わらないと思います.
滋賀県に「さざなみ病理ネットワーク」というのがあります.
滋賀県における全県型遠隔病理診断ICTネットワーク事業で,がんの確定診断等に利用されています.がんや炎症性疾患の確定診断には,病理医の存在が欠かせないようです.しかし病理医は不足していて,参考資料によると「がん患者を例にとると,一人の病理医が年間約740名のがん患者さんの,360名のその年の新規がん罹患者の病理診断に携わっています.この病理医数は,対人口比でみて,アメリカの病理医の5分の1,イギリスの3分の1です」とのことです.これでは,健康診断の小さな胸部レントゲン写真で,初期の肺がんを見つけるのは難しいと思います.
また,手術中に病理診断(術中迅速診断)を行わないと「手術中にがんではないということが分かり手術を中断し過剰な切除を避けたり,がんであるというのが分かっても手術よりも他の方法で治療した方が良いタイプのがんということが分かれば手術を中断すること」ができなくなります.「さざなみ病理ネットワーク」はこういった問題に対応するために作られたネットワークで,実績を上げているようです.
AIによる画像診断をこのネットワークに参加させ,大量データを読み取らせることで,顕微鏡やCT,MRI毎にニューラル・ネットワークを構築することができれば役に立つのではと思います.最初のうちは誤診も多いでしょうが,当面は人間系がカバーして学習の効果がでれば,徐々に参画の度合いを増やしていくという方法が良さそうです.
これが上手くいけば,画像診断の輸出ができるようになります.
■AIによる診断とロボットによる手術
現状のダ・ヴィンチ手術はあくまで人間系のサポートです.
しかし,前述のように縫うときに人間の手は2本しかないので,AI制御で6本のアームが使えるようになれば,3倍早く縫うことができます.心臓血管外科の手術なら,血管を繋ぎ合わせる時とか役に立ちそうな気がします.
ほとんどの医師は「患者を助けたい」という気持ちで,頑張っておられると思います.医師が忙しいのは分かっていましたが,本稿を書くにあたってちょっと調べてみました.どの診療科も忙しいようですが,特に心臓血管外科の医師は激務です.しかも対象が心臓なので,細かくて素早い手技が要求されます.細かい手技と言えば,私は網膜剥離になって硝子体手術を経験していますが,眼科医も顕微鏡下での細かい手技が要求される分野のようです.
こういった分野で,AIが行った診断をもとに,データ連携した別のAIが手術サポートロボットを動かして手術を行うといった世界が来るように思います.
昔に井上ひさし氏の「吉里吉里人」という本を読みました.この中には医療立国が構想として書かれていました.案外,AIが実現するかも知れません.
■もう一つのAI
医療の世界で,AIというともう一つあります.
これも海堂尊氏の一連の著作で知ったのですが,Autopsy Imaging の略で,死亡時画像診断と訳されます.
日本では,だいたい年間100万人くらいが亡くなるそうです.そのうち15%くらいが異状死だそうです.ここで言う異状死体は「確実に診断された内因的な疾患で死亡が明らかである死体以外のすべての死体」です.異状死体のうち解剖されるのは12%に満たないとのことで,これが犯罪を見逃す一つの要因になっていると思います.
交際相手を8人,次々に殺害した事件がありましたが,早い段階で解剖に回されていれば,あるいはそれ以降の犯罪を防げたかもしれません.
また,死因で「急性心不全」というのを聞いたことがありますが,これは「何かわからんが心臓が止まった」という意味らしいです.こういった場合では事件性がないと判断されれば解剖の対象にならないと思います.日本の制度では「行政解剖」と「司法解剖」「病理解剖」がありますが,ここでは触れません.
それまで元気だった近親者が突然亡くなったときに,ご遺族は理由を知りたいとも思うでしょうが,ご遺体が傷つけられるのも嫌だと思います.AI(死亡時画像診断)はこう言った場合にも役立つと思います.
■終わりに
また,字数が大幅に超過していますが…
日本の人口当たりのCTやMRIの台数は,世界1位です.ところが,医師数になるとOECD平均の2/3になります.ということは医師一人当たりの患者数が多いということで,医師の激務に拍車をかける結果になっています.しかも統計上の医師数は医師免許を持っている人の数ですので,実稼働している医師数とは乖離があります.
これからの日本,超高齢化社会に向かいます.医師数が不足することは,見えていますが,医学部の定員拡大や医師免許の更新制の導入に反対するのは,医師会だったりします.既得権益とかもあるのでしょうが,システム開発の時に,最大の抵抗勢力になるのが実は現場だったりするのと同じような感じもします.
AIも人間系も,習得に時間がかかります.人間系は,残念なことに私のように経年劣化で能力が落ちます.逆にAIはだんだん賢くなります.
教師でも同じですが,多忙な医師は患者より病気を診るように,どうしてもなりがちです.AIによって多少なりとも事務的な仕事を減らし,病気を診るのではなく患者を診るようになることを期待します.
参考資料
1) 「ダ・ヴィンチ・コード」 DVD
2) 海堂尊氏「チーム・バチスタの栄光」他のチーム・バチスタシリーズ
3) da Vinciについて
https://www.intuitivesurgical.com/jp/aboutdavinci.php
4) 23時間にわたる心臓移植を無事に終えた医師と助手
https://matome.naver.jp/odai/2141510279854516001
5) さざなみ病理ネットワーク
http://www.shigamed.jp/telepathology.html
https://www.hamamatsu.com/resources/pdf/sys/SBIS0113J_shiga.pdf
6) 「日経メディカル」の各記事
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201803/555259.html?n_cid=nbpnmo_mled
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t301/201803/554997.html?n_cid=nbpnmo_mled
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t301/201803/555204.html?n_cid=nbpnmo_mled
7) 「吉里吉里人」井上ひさし氏
8) 司法解剖率低い日本、犯罪死見逃す要因か
http://www.afpbb.com/articles/-/3077947
9) 海堂尊氏「死因不明社会」
10) Wikipediaの各記事
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■執筆者プロフィール
上原 守
ITC,CISA,CISM,ISMS審査員補
IPA プロジェクトマネージャ,システム監査技術者 他
エンドユーザ,ユーザのシステム部門,ソフトハウスでの経験を活かして,上流から下流まで,幅広いソリューションが提供できることを目指しています。
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