企業倫理・法令順守に思う茹でガエル現象 / 柏原 秀明

■ はじめに

  21世紀の今日でも国内・海外を問わず大手・中堅の優良企業がメディアに取り上げ

 られる不正・事件・事故が多発している。

 結果として、それらの企業は“信用失墜”や“多額の賠償金の支払い”そして“譲渡・倒産”

 に至ることになる。

 その根本原因はやはり“企業倫理・法令順守”に行き着く。ここでは、その不正・事件・

 事故について振り返るとともに“その対策”について考える。

 

■ 過去の不正・事件・事故の例 [1]

 例えば、技術系分野に限っても下記のようなものがある。

 ・耐震強度の偽装問題

 ・免震ゴムのデータ不正

 ・新幹線トンネルのコンクリート片の崩落

 ・マンション基礎杭のデータ改ざん問題

 ・ディーゼルエンジンの廃気ガス対策偽装問題

 ・燃費性能に関わるデータ不正

 ・エアバッグの爆裂事故

 ・最新スマホ機種の発火事故

 これらの例では、その組織内で“データの不正・改ざん・偽装”や“製品設計・製造時の

 不具合の発生”の発見・報告を見過ごし、暗黙の了解で進め大きな不正・事件・事故を

 引き起こしている。

 

■ 最近の不正の例

  最近の技術系分野の不正例には、次のようなものがある。

 

 ・鉄鋼製品などの検査データの改ざん

  超優良企業であるK社の場合、新聞報道によればこの“検査データの改ざん問題”を複

 数の元役員が、在職中にその不正を認識していたとのことである。すなわち不正を知り

 ながら元役員が長期にわたって放置し法令順守を怠っていたのである。

 経営陣は、そのデータの改ざんの事実を最近になって知ったとのことである。問題の製

 品は、国内外の顧客の約500社以上に出荷されているとのことである。

 この不正の背景には「製品の歩留まりを良くしたい、納期を遅らせたくない」というこ

 となどといわれている。

 

 ・完成車の無資格者による検査

  複数の超優良企業であるN社、S社の場合、新聞報道によれば、各メーカに任されて

 いる自社の完成車の「完成検査」工程を国土交通省から任され実施する場合、法令で

 は、有資格者が担当することになっている。

 しかし、この検査を無資格者が担当していた事実が発覚したとのことである。このよう

 な不正の背景には、「ルールよりも効率が優先されたことが問題」であるとしている。

 

■ 不正による損害

  一度、このような不正が世間の知るところとなれば、その損害は軽微では済まされな

 い。甚大な損害が発生する。

 その損害には、“信用失墜”、“自社・系列企業の業績の悪化”、“対策の為の多大な費用の

 発生”、“組織の内向き志向・活力の低下”、“顧客離れ”のような有形・無形の損害が発生

 する。

 特に無形の損害は、時間経過とともに大きくなる傾向にある。

 

■ 利害と制約

  ビジネス活動では、常に利害(関係)の制約を考慮しなければならない。

 組織では、指揮命令権限が付与された上位・下位関係にある人たちの間で利害が自然と

 発生する。

 組織の掲げる目的・目標を過誤なく迅速に達成するにはこの利害は特に問題なく良好に

 作用するであろう。

 しかし、“不正・事件・事故の芽”を発見した場合、上位・下位の関係者は様々な制約を

 忖度しその芽を摘む場合とそうでない場合に分かれる。

 後者の場合には、今回示した甚大な不正に繋がる。

 

■ 企業倫理・法令順守と茹でガエル

  多くの企業で、企業倫理と法令順守(コンプライアンス)の重要性は十分に認識し対

 応をしているはずである。

 しかし、その“芽”を発見しても前述の“利害と制約”を忖度し「理屈はそうだけど対応は

 難しい」などの後ろ向き対応が先行し「意思決定の遅れ」が発生するのだろう。

 まさに、これは「茹でガエル」(注記-1)状態である。

 

■ おわりに

  “悪事は千里を走る”の諺のように、悪い行いはすぐに世間に知れ渡る。

 この知れ渡る前に“素早く気づき、素早く判断し、素早く行動・対策をとること”のでき

 る仕組み構築が重要である。

 ビジネス活動の優先順位は高くないかもしれないが、小さい“芽”の間に摘み取ることの

 方が、すべての対応活動・影響を少なくすることができる。

 今やインターネットの時代である。

 SNS, Web, メールなどのツールを利用されれば“悪事は光のスピードで走る”ことにな

 る。

 利害関係者との良い意味でのコミュニケーションを十分に行うことから始めるのが肝要

 である。

 

参考文献

[1] 嘉門雅史、“技術者倫理の向上に向けて”、学術フォーラム第8回学術シンポジウム

 「科学研究のよりよき発展と倫理の確立を目指して」、平成28年11月29日

 

注記-1:茹でガエルとは

 “2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れ

 る。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚

 できずに死亡する”(ウキペディア)

 

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■執筆者プロフィール

 

柏原 秀明 (Hideaki KASHIHARA)

京都情報大学院大学教授,柏原コンサルティングオフィス代表

NPO法人ITC京都 理事,一般社団法人 日本生産管理学会関西支部 副支部長・理事,博士(工学),ITコーディネータ,技術士(情報工学・総合技術監理部門),EMF国際エンジニア,APECエンジニア