シンギュラリティに出会えるか ? / 下村 敏和

 最近、「シンギュラリティ」と言う言葉をよく耳にするようになってきた。

 人工知能やスパコンにより技術が加速化し、「技術的特異点」つまり「技術が急速に発達し、機械が人間を超える日」を意味する。アメリカの発明家であり実業家そして未来学者でもあるレイ・カーツワイルがそのシンギュラリティが来る日を2005年に40年後の「2045年」と予測している。そこに行きつくには、人間のように様々な知的作業を一通りこなす「汎用人工知能」へのアプローチが鍵となるが、その複数の道を掘り下げるとかなり専門的になるので、社会の変化や労働者の観点で少しまとめてみたい。

 

■驚異的な技術の進化

 人間は技術の進歩に鈍感らしい。学生時代に日立製のパラメトロンを使った計算機を利用したことや、会社に入ってから携帯電話が普及するまでポケットベルを持っていた時代から、今の技術の発展を予想できただろうか?いや、少なくとも私にはできていなかった。今のスマホネイティブ世代の学生にはスマホが当たり前で技術的感動があるだろうか?コンピュータの進展は、処理能力が1年半ごとに倍増する「ムーアの法則」に沿って高性能化した半導体の歴史に合致する。

 一方、最近の第3次人工知能ブームで注目されている「ディープラーニング」という技術や「ビッグデータ」「IoT」という環境が生まれ、シンギュラリティが起こる条件が揃いつつある。そしてカーツワイルが提唱した「收穫加速の法則」は、一つの重要な発明が他の発明と結びつき、次の発明までの期間を短縮してイノベーションの速度を加速し、発明が発明を呼んで「ムーアの法則」と同様に指数関数的に加速するという。

 我々が体現している最近のスマホやSNSの普及状況を見ても、インターネットが普及しはじめた20年前と今後20年間の変化は、比較にならないくらい大きな変化が予想される。

 

■シンギュラリティの前兆

 1997年にチェスで人間がコンピュータに敗れ、最近では将棋や囲碁でも同様の事象が起こっている。これらは「特化型人工知能」と呼ばれる特定領域の人工知能で、「汎用人工知能」ではない。しかし現実としては、機械が人間を支配するとまではいかないものの、既に多くの場面で人間を凌駕している。

例えば、

1.診断・治療法発見を行うコンピュータ

(がんの専門知識を蓄え、分析することで投与すべき抗がん剤を判別する)

2.作曲で創造力を発揮するコンピュータ

(大作曲家の楽曲を大量に学習し、作曲家のスタイルに沿った作曲をする)

3.決算報告記事や新聞記事(天気予報ほか)等の自動執筆コンピュータ

(決算データや過去の天気情報などから150~300文字の文章を自動作成)

4.機械による株取引

(大まかな方針は人間が決定し、細かな値動きによる売買は自動発注機能を備えたコンピュータに

 任せる)

など、徐々に人間を超えていく技術的進展が起こっている。

 

■労働者が仕事を奪われるのか?

 工場がIoTやロボットによって自動化され、スマートファクトリーが実現すると生産性は向上し、人手不足は解消されるが、一方で仕事が機械に奪われることになる。自動車の自動運転技術もタクシードライバーの仕事を奪う。

 消滅する可能性の高い職業としていくつかの調査結果が出ているが、例えば、スーパーなどのレジ係、レストランのコック、会社やホテルの受付係、ウェイター・ウェイトレス、会計士、セールスマン、一般事務員、保険の販売代理店員、ツアーガイド、タクシーやトラックの運転手などがある。日本の労働人口の49%が10~20年後には人工知能・ロボットで代替可能性が高いと野村総研は試算を発表している(2015.12.2)。

 今後、機械に奪われにくい仕事として

・クリエイティヴィティ系(創造性)・・小説、映画、商品企画、研究論文

・マネージメント系(経営・管理)・・工場他のプロジェクト管理、会社経営

・ホスピタリティ系(もてなし)・・介護士、看護師、保育、インストラクター

などが考えられ、着実に労働需要とその内容が変化していくものと思われる。

 その潮流に付いていけない人は仕事を失うことになるだろうし、人間と機械の役割分担見直しや労働シフトが労働人口減少との兼ね合いの中で不可避となる。

 

■シンギュラリティは起こるのか?

 シンギュラリティの実現には楽観的な考え方と慎重な考え方がある。

 先の「特化型人工知能」と「汎用人工知能」ではかなりの技術的ギャップがあり、人間の脳の仕組みを理解し、人間の脳をどれだけ再現できるかにかかっているようだ。2045年に実現できるかどうか賛否両論はあるが、多様な「特化型人工知能」をネットワークでつなぐことにより、限りなく「汎用人工知能」に近づけられることが考えられる。

 かりに近似的なものを含めて実現できたとすると、人間は初めて「衣」「食」「住」関する不安から解き放たれて、将来的には生活するための「労働」や「お金」にも解放されるとう楽観的な考え方もある。このためには、公平で平等に経済や社会のルールを根本から変えなくてはならなくなる。例えば、仕事が無くなった人のために「ベーシックインカム」という制度を導入し、収入の水準に拠らずに全ての人に無条件に、最低限の生活費を一律に給付するなどの考え方がある。

 また、人間の夢である「病気」や「老化」を克服できる社会が着実に一歩一歩近づいていると感じる。それには、人工知能だけでなく、並行して遺伝子工学、ナノテクノロジー、ロボット工学、スパコン、エネルギー革命などの発展が前提となるであろう。

 

 司馬遼太郎著の『21世紀を生きる君たちへ』と題した20世紀の終わりに子供たちに向けて書かれた本の中で、“私の人生は、すでに時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない。君たちは、ちがう。・・もし「未来」という町角で、私が君たちを呼びとめることができたら、どんなにいいだろう。・・二十世紀という現代は、ある意味では、自然へのおそれがすこしうすくなった時代といっていい。・・二十一世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。科学・技術がこう水のように人間をのみ込んでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が、科学と技術を支配し、よい方向にもっていってほしいのである。(略)”とあるように「人は何をしなくてはいけないのか?」などを語りかけてくれている。

 

 シンギュラリティに出会いたい。しかし、私は時間的にシンギュラリティを見ることができないにちがいない。自然を恐れ、謙虚に、自分に厳しく、相手にはいたわりの心で接し、「人工知能」の発達が未来の人類にとんでもない災難をもたらすことが無いことを望むところである。

 

(参考文献)

・人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 井上智洋著

・シンギュラリティは怖くない 中西崇文著

・シンギュラリティは近い[エッセンス版] レイ・カーツワイル著

・プレ・シンギュラリティ 齊藤元章著

・シンギュラリティ マレー・シャナハン著 ドミニク・チェン監訳

・21世紀を生きる君たちへ 司馬遼太郎著

 

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■執筆者プロフィール

 

 ヒーリング テクノロジー ラボ 代表 下村 敏和

 

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