イノベーションという言葉をよく見かけます。見ない日がないぐらいです。しかし、この言葉はいったい何を意味しているのか、わかったようでわからないのが実情ではないでしょうか。私も遅まきながら、いろいろ調べている次第で、最近はクリステンセンの本を読み込んでいるような状態です。
『イノベーションのジレンマ』という著作があります。
もう20年ぐらい前の本で、当時、イノベーションマネジメントの領域に巨大な影響を与えたと評価され、今日古典と言われている本です。きわめて実証的かつ理論的で、個人の成功体験に基づく類のビジネス書とはまったく異なり、反論しようのない説得性を持っています。
したがって今日でも十分に妥当すると思われます。
しかし、ひとつ、不思議なことがあります。出版されて20年がたち、巨大な影響を及ぼしたと言われ、今日古典とまで言われているこの本の、最も根本的かつ独創的な洞察がほとんど一般に浸透していないということです。
クリステンセンは持続的イノベーションと破壊的イノベーションを厳密に区別しています。両者はまったく異なるものです。が、同時に両者はダイナミックに連動しながら巨大なイノベーションサイクルを生み出します。
この立場に立つなら、イノベーションという言葉が使われたとき、必ず問う必要が出てきます。それは持続的イノベーションのことか、それとも破壊的イノベーションのことか、どちらなんだ、と。
持続的イノベーションとは、すでに大きな市場があり、顧客のニーズも調査可能であり、そのニーズに向けてより多機能、高性能を追い求めていく種類のイノベーションです。主要企業の多くはこうしたイノベーションに全力を注ぎます。しかし、これには落とし穴があります。機能、性能が一定以上になると顧客には無用の長物になるということです。
ファストファッションが出てくる以前のアパレル業界では、よりハイエンドな顧客へ向けてファッション性やデザイン性を競っていました。ユニクロの出現が明らかにしたのは、実はそういう服が欲しいわけじゃない、もっと安くってシンプルなものでいいんだ、という顧客も気づかなかった本音でした。ユニクロのその後の成功は言うまでもありません。これは明らかに破壊的イノベーションでした。実際、ユニクロは服というものに対する市場の主要な評価軸を抜本的に変えてしまいました。ファッション性、デザイン性等々から、低価格、シンプル、便利へと。破壊的イノベーションは文字通り主要企業の市場支配を破壊します。
今日のアパレル業界の現状を見ればわかるでしょう。
破壊的イノベーションの一番の特徴は、初め、その斬新さゆえに、まだ市場がないという点です。顧客に支持されるかどうかもわからない。それゆえ既存顧客を対象とした市場調査は無意味。発想、創発がすべて。調査ができなければ計画もできない。収支も読めない。ただ、仮説検証し、試行錯誤するのみ。一般にビジネスでは失敗は許容されないが、むしろどんどん失敗すべき。
なので、まずは小さな売上規模、低い利益率から出発する。。。
このように破壊的イノベーションは、持続的イノベーションとはまるっきり別世界なのです。両者を厳密に区別しなければならない理由はここにあります。
破壊的イノベーションは、離陸時に成功すると安定的成長のために持続的イノベーションに転化していきます。こうしてイノベーションサイクルが回っていくわけです。言うまでもなく、破壊的イノベーションが起こらなければこのイノベーションサイクルは始まりもしません。
(ちなみに今日のユニクロはこの持続的イノベーションの過程で苦しんでいるようにも見えます)。
私の問題意識は単純です。この別世界とも言える破壊的イノベーションを実際に実行している企業はどれくらいあるのだろう、ということです。
イノベーション、イノベーションといっているが、それは持続的イノベーションのことではないか ? 破壊的イノベーションを本気でやっている企業など、一握りではないか? もちろん、セミナーや講演では多く見かけるだろうが、それが企業に浸透していくことはないんじゃないか?
「いま市場がなくてもいい、低い利益率でいい、小規模な売上でもいい、ともかくどんどん失敗しろ! 」。こんなことを本気で押し進める企業がどれほどあるでしょうか?
以上、クリステンセンを読んでの私の素朴な感想でした。
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■執筆者プロフィール
清水多津雄
ITコーディネータ
企業内ITCとしてITマネジメントに従事
大学・大学院での専攻は哲学。現在、オートポイエーシス理論、とりわけニクラス・ルーマンの社会システム理論をベースに企業で役立つ情報理論&方法論を模索中。
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