日本は世界で有数の長寿社会です。2015年の日本人の平均寿命は男性が80.79歳、女性が87.05歳とのことで、男女共に、人生80年が実現しています。それに対して、会社の定年も、かつての55歳から、60歳、そして現在は65歳と長寿命化に対応するために伸びてきており、将来は、さらに延長の機運もあります。一方で、定年後の経済的生活保障を担う年金制度はご承知の通り、根本的な財源不足の問題を抱え、本当に定年後の生活がこれでできるのかと疑いの目で見られています。このような状況を見るにつけ、このままでは日本社会はいったいどのような末路をたどるのか、いささか不安な気持ちになります。
このような状況が、どう発展するのか、という論点で、最近なるほどと目から鱗が落ちたことがありました。それは、ロンドンビジネススクール教授で、人材論、組織論の世界的権威のリンダ・グラットン氏の著作「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」を読んだ時でした。氏は、これからも技術革新が継続し、人の命はどんどん長寿命化する。そうすれば、近い将来、寿命が100年になる事も夢ではない。また、医学の進歩で、健康で長生きできるようになるだろう。その時、人生に対する考え方は大きく変わらざるを得ない、と論じています。
では、どのように変わるのか。その背景には、現在の定年制や企業の雇用体制が続けば、個人の人生設計や年金等の公的支援制度がこのような長寿命社会では機能しないという現実があります。つまり、一般的な人生設計は、学生時代までの第1ステージ、その後、就職して定年まで働く資産形成時代の第2ステージ、引退して働いていた間の貯蓄や、年金を貰いながら余生を送る第3ステージの3ステージモデルなのですが、このモデルがこれから崩壊していくと指摘しています。そして、これまでのように、学び、働き、余生を一つの企業・職業を中心として人生が完結するのではなく、複数の学びや職業を経験し、寿命に応じて、現在よりも、長く勤めるようになると言っています。
なんだ、一つの会社ではなかなか長く雇用が維持されないので、職業を変えて様々な会社に勤め、できるだけ定年後も働き続けられるように努力することなのかと一瞬思ったのですが、そうではありません。この新しいステージモデルの肝は、一つの職業を経験して、そのスキルをもとに、大学等で学び直し、更に別のスキルをつけることにより、新しい職業に就く。働いている間は当然、将来のために貯蓄(有形資産)をし、その次の職業のためにその一部を投資する。そのようなステージを複数経験していく前向きで積極的な人生を推奨しているのです。そして、想定する職業には、企業の社員や、自ら起業して会社を起すこと、また、NPO等の組織に入って従来とは全く異なる経験をはぐくむことなど、多様なキャリアを挙げています。
そこで必要になるのは、新しいステージに移行するための学習や知識獲得、即ち、無形資産の増強です。つまり、これまでのような一つの会社において培った知識は、この技術革新の時代には急速に陳腐化するため、絶えず新しい学びを経験して、知識やスキルを再構築し、新しい仕事をし、その新しい付加価値のもとに、より多くの収入を得て将来に備える、というモデルなのです。
確かにこれはあり得るモデルではないでしょうか。日本では、現在、転職に対する良いイメージがありませんが、3ステージモデル以上のマルチステージ化は、もう否めない方向のように思えます。現に、著者も、企業を中途で退職し、大学院に入学、その経験をもとに、新しい職業に就き、定年年齢を越えても働き続けていますし、そのような人々を多く見るようになりました。そして、そうであれば、3ステージモデルを想定した企業の雇用制度や、政府の高齢者支援政策も、新しい人生のマルチステージモデルに対応したものに、抜本的に変更するような検討が早急に必要ではないでしょうか。それが、長寿命化に伴う将来の不安に対する一つの解決策のように思えます。
参考文献)
1. リンダ・グラットン他、「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」東洋経済新報社 2016
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■執筆者プロフィール
馬塲孝夫(ばんばたかお) (MBA)
ティーベイション株式会社 代表取締役社長
(兼)大阪大学 産学共創本部 共創人材育成部門 特任教授
(兼)株式会社遠藤照明 社外取締役
e-mail: t-bamba@t-vation.com
URL: http://www.t-vation.com
◆技術経営(MOT)、産学連携、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産産情報システムが専門です。◆
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