我が国の革新的なものづくり研究開発活動の紹介 / 柏原 秀明

■ はじめに

 スイスのビジネススクールIMDによる2016年の世界競争力調査では,日本は昨年より1位向上し総合第26位となった。同調査は61の国と地域を対象に景気動向,政府の効率性,経営効率,インフラの4つの主要因から340を超える基準の分析に基づき決定される。ちなみに香港(1位),スイス(2位),米国(3位)となった。アジアでは,シンガポール(4位),台湾(14位),マレーシア(19位),中国(25位),タイ(28位),韓国(29位)である。一方,この評価では日本の科学基盤は第2位である。ちなみに,日本は1980年代後半から1992年までは第1位であった[1]。

 国際競争力の激化から,日本のものづくり産業の競争力が失われつつあるとの懸念がある。この懸念を払拭し成長するためには,科学技術基盤の評価:第2位を梃子として革新的なものづくりへの挑戦が望まれる。ここでは,このものづくりへの挑戦のための研究開発活動を紹介する。

 

■ 革新的な設計生産技術への取り組み

 革新的な設計生産技術の研究開発の取り組みの1つとして,“革新的設計生産技術(新しいものづくり2020 計画)”の活動がある[2],[3]。本活動の研究開発期間および費用は,2014年度から2018年度までの5年間であり,総額25.5億円である。

 本活動では,目に見える物質的な価値「モノ」の提供から無形の事象や経験の価値「コト」に基づく「モノ」の下記の2項目の実現を目指している。

・項目-1: ニーズ・価値・性能・デライト(喜び品質,満足など)をベースとした多様な機能設計及び生産・製造条件や各種データを考慮し高品質な全体システム設計を可能とする超上流デライト設計手法の研究開発。

・項目-2: 従来にない新しい構造や複雑形状,機能の発現,高品質・低コスト化を可能とする革新的生産・製造技術の研究開発。

 

 ここでの取り組みの特長は,項目-1では従来のものづくりでは,機能・性能・品質中心であったが,これに加えて新しく「デライト製品(喜び品質,満足)」を加味して驚き・気づきなどに注目した魅力ある製品を生み出す新しい価値設計(超上流デライト設計)に挑戦しようとしていることである。そして,項目-2では,「従来創れないものを創る製造技術」,「新しいアプリ,製品,システムの価値を高めるための組み合わせ製造技術」,「開発・製造期間の短縮化・低コスト化」による設計と生産が連携し新しい価値創造を実現しようとしていることである。

 

 本取組の目標・狙いはつぎのとおりである。

1)製品の使われ方,文化,環境,顧客などに対応した,グローバルで多様な価値のものづくり上流での取り込み

2)コモディティ化を回避するための,日本の強みである部品や材料等の製品・システム・サービスへの適用

3)アイデアを素早く具現化,評価し,フィードバックする迅速なプロセスの実現

4)様々な条件をものづくりの上流で事前に予測・検討できる,製品・システム・サービスのトータル的な評価や方法論

 

 言い換えれば,これらの目標・狙いは,“如何にして超上流設計段階で顧客のデライトを歓喜する価値設計を行なえるようにするか”と“そのデライト設計情報に基づいて従来では創れなかった製造技術の確立を実現するか”を中心にしたものである。

 従来,顧客が期待するニーズ:機能・性能・品質が満たされればそれで良かった。しかし,絶対的に競争優位に立つものづくりでは,顧客が期待するニーズ以上の新たな価値の実現提供,すなわち,新しい魅力的価値の創造実現が最重要である。

 本研究開発では,基礎的研究と応用的・実用的研究の2 つのフェーズごとに,研究開発項目(A),(B)および(A)と(B)を同時に実施する(A&B)の3 種類のカテゴリーで進められる。また,研究開発テーマは,24項目設定されている。下記に研究開発項目(A)と研究開発項目(B)を説明する。

 

・研究開発項目(A):超上流デライト設計手法の研究開発

 種々のデータや試行から抽出されたニーズ・価値・性能・デライト(喜び品質,満足など)をベンチマークとして製品やシステム,サービス等の初期機能設計を行い,生産・製造条件,市場反応,情報・知識・計測等に基づく柔軟な修正機能をもつ,革新的な超上流設計技術を開発する。また,製品目標からバックキャストし,材料・部品と製品・システム・サービスそれぞれのプロセス間のコミュニケーションを通じて,製品やサービスの使われ方や環境・外乱の影響のモデルを俯瞰し,逆問題的設計や複雑事象のシミュレーションとも連携して,低コスト・高品質全体設計を可能とする革新的システム設計技術を開発する。ここで,「超上流」とは,より上流の設計プロセスで価値探索とものづくりプロセス全体の最適化を考慮することである。

 

・研究開発項目(B):革新的生産・製造技術の研究開発

 複雑で自由な形状の形成や多様な材料組成の選択,従来にない高品質,低コスト化,新しい機能の発現を可能とする生産・製造の新技術,複合化技術を開発する。また,多様なアイデアを迅速に,どこでも誰でも試作して評価できる生産・製造技術及びシステム化技術を開発する。

 各テーマ名とカテゴリーは下記のとおりである。詳細は参考文献[2]を参照されたい。

 

1)「全体俯瞰設計と製品設計の着想を支援するワークスペースの研究開発」

 基礎的研究/研究開発項目(A)

2)「迅速で創造的な製品設計を可能とする トポロジー最適化に基づく超上流設計法の開発」

 基礎的研究/研究開発項目(A)

3)「CAM-CNC 統合による革新的な工作機械の知能化と機械加工技術の高度化」

 基礎的研究/研究開発項目(B)

4)「ナノ物質の集積複合化技術の確立と戦略的産業利用」

 基礎的研究/研究開発項目(B)

5)「次世代型高性能電解加工機の研究開発」

 基礎的研究/研究開発項目(B)

6)「超3D 造形技術プラットフォームの開発と高付加価値製品の創出」

 基礎的研究/研究開発項目(B)

7)「イノベーションソサエティを活用した中部発革新的機器製造技術の研究開発」

 基礎的研究/研究開発項目(B)

8)「分子接合技術による革新的ものづくり製造技術の研究開発」

 基礎的研究/研究開発項目(B)

9)「マルチタレット型複合加工機(ターニング・ミーリング)による複雑形状の簡易・確実・高精度な知的加工システムの研究開発」

 基礎的研究/研究開発項目(B)

10)「バイオイノベーティブデザインの研究開発」

 基礎的研究/研究開発項目(A&B)

11)「データマイニング,遺伝的アルゴリズム,迅速試作技術の融合による進化的ものづくりシステムの構築に向けた研究開発」

 基礎的研究/研究開発項目(A&B)

12)「革新的デライトデザインプラットフォーム技術の研究開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(A)

13)「計測融合計算化学を活用したスノースポーツ用品の最適化」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(A)

14)「チーム双方向連成を加速する超上流設計マネージメント/環境構築の研究開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(A)

15)「高付加価値セラミックス造形技術の開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(B)

16)「デザイナブルゲルの革新的3Dプリンティングシステムによる新分野の進展支援と新市場創出」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(B)

17)「フルイディック材料創製と3Dプリンティングによる構造化機能材料・デバイスの迅速開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(B)

18)「高付加価値設計・製造を実現するレーザーコーティング技術の研究開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(B)

19)「市場流通材のスーパーメタル化開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(B)

20)「ガラス部材の先端的加工技術開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(B)

21)「三次元異方性カスタマイズ化設計・付加製造拠点の構築と地域実証」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(A&B)

22)「Additive Manufacturingを核とした新しいものづくり創出の研究開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(A&B)

23)「リアクティブ3Dプリンタによるテーラーメイドラバー製品の設計生産と社会経済的な価値共創に関する研究開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(A&B)

24)「東工大-大田区協創による喜びを創出する革新的ものつくり環境の構築と快適支援機器の設計製造技術の開発」

 応用的・実用的研究/研究開発項目(A&B)

 

■ おわりに

 IMDの世界競争力調査が,必ずしも我が国の国際競争力を的確に反映しているとはいえないが,1つの評価として尊重し対応する必要がある。阿倍晋三首相は3本の矢で「1億総活躍社会」を目指し,GDP 600兆円を目標に設定された。この600兆円を達成するためには,ものづくりで約150兆円を達成しなければ残りの約450兆円の達成は難しいのではないかと思われる。したがって,ここに紹介した次世代の中核研究開発の目標である“デライト製品(喜び品質)”と“超上流デライト設計・革新的生産製造連携・イノベーションスタイル”の実現とものづくりビジネスへの反映が必要である。我が国は資源が乏しいと言われて久しいが,継続的な人財育成と今回紹介したような研究開発活動へ質・量共に重点的に投資・強化し科学技術立国としての一段の飛躍を期待したい。

 

参考文献

[1] IMD WORLD COMPETITIVENESS YEARBOOK 2006

http://www.imd.org/news/The-USA-no-longer-most-competitive-economy.cfm

[2] 政策統括官(科学技術・イノベーション担当),内閣府,“革新的設計生産技術(新しいものづくり2020計画)”研究開発計画,2015年5月21日

[3] 佐々木直哉,内閣府,“革新的設計生産技術 新しいものづくり2020計画”

 

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■執筆者プロフィール

 

柏原 秀明(Hideaki KASHIHARA)

 

京都情報大学院大学教授,柏原コンサルティングオフィス代表

NPO法人ITC京都 理事,一般社団法人 日本生産管理学会関西支部 副支部長,理事博士(工学),ITコーディネータ,技術士(情報工学・総合技術監理部門),

EMF国際エンジニア,APECエンジニア

E-mail : kasihara@mbox.kyoto-inet.or.jp

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コメント: 1
  • #1

    Bethany Coombs (火曜日, 24 1月 2017 20:41)


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