日銀が定期的に発表している短観データを見ると、1987~1990年のバブル期では大企業も中小企業も好況に潤っていましたが、リーマンショック前の好況時でも中小企業の景況感は厳しく、中小製造業でやや好況感があるものの中小非製造業では不況のままでした。アベノミクスによる2014~2015年は、中小企業でも辛うじて不況感は和らいでいるようです。大きな流れで云うと、大企業は不況への耐性が強く、損をする時期もあるがいち早く回復して儲ける機会が多いのに対して、中小製造業は半年以上遅れて多少の回復を示すが好況のは低く、大企業より半年以上早く不況に入って、その谷は深い。中小の非製造業に至ってはバブル期以外は万年不況で直近の2年程度は何とか不況感を免れていると云うことになります。つまり、中小企業が利益を出し続けることは、実に至難の技なのです。
京都は、伝統的な産業が多く、老舗と目される百年企業が多く存在します。世界的に見ても長寿命企業は、日本とドイツに多いのが特徴的です。社会構造の変遷に耐えて百年も継続している企業には、それ相応の経営ノウハウが蓄積されていますが、特に次の三点がポイントと分かっています。
(1)環境適応力
企業風土や経営理念を大切にしながら、新たな製品やサービスの開発により企業競争力を維持している。
(2)内部管理体制の整備
自社の規模に相応しい組織作り、会計業務の整備、PDCA管理システムの定着
(3)円滑な事業承継
親子間承継だけでなく、親族間承継をも併用している。一時的には外部人材のリリーフも活用している。
風雪に耐えて継続している伝統産業も流石に社会構造や人々のライフスタイルの変化に追随することは困難であり、伝統産業の多くは右肩下がりの業績傾向になっています。当然ながら、ここは上記(1)の環境適応力を発揮して新製品や新サービス開発に取組む等、いわゆる経営革新若しくは経営改革が必要になるでしょう。より広く考えれば、新事業進出や第二創業に取組むことになります。このように新たな取組をせずに放置していると、例えば社内に留めておきたい有能な人材が社外に流出してしまう他、上記(2)の社内管理体制に綻びが出てくる可能性があります。更に悪化すると、誰も後継者になることを望まず上記(3)の事業承継ができなくなってしまいます。オーナー経営者は高齢化していて、経営業績が不振で、後継者がいない。しかし、何とか事業承継をしたいと思っている伝統産業の中小企業経営者は、実は京都には多いと思われます。
”会社は誰のものか”という問題は古くから議論されてきましたが、中小企業と言えどもオーナー経営者だけではなく従業者及びその家族が利害関係者(ステークホルダ)として存在しますし、取引先及び顧客等も同じです。つまり、社会的な存在である企業等は、本来継続していくべきものです。企業存続を脅かす課題に対して、経営者は果敢に取組んで貰いたいものです。健全な経営状態の企業なら好循環サイクルが定着して、上記の(1)~(3)についても順調に進んでいきます。中小企業経営者は、経営業績が順調なうちに新事業や第二創業、若しくは新製品や新サービス開発に取組んで頂きたいところです。経営状況が芳しくないなら、今すぐ取組まないと企業存続だけでなく、人生をハッピーにリタイアすることも叶わなくなるリスクが増大します。(NPO)ITコーディネータ京都では、昨年度に第二創業スクールを開催しました。今年度は、京都中央信用金庫と連携して第二創業スクールの運営に携わりますので、興味のある企業経営者は京都中央信用金庫又はITコーディネータ京都のウェブサイトを7月中旬頃にチェックしていただきたいと思います。
企業存続にとって事業承継は非常に重要な課題であることは上記のとおりですが、これはオーナー経営である中小企業独特の経営課題です。株式公開している大企業には、通常は存在しない経営課題です。事業承継というと、従来は親族内承継が一般的で親族外承継は例外的で稀なケースでした。しかし、近年は企業の存続が重要なのであって、必ずしも血縁による承継をする必要はないというように意識が変化しています。欧米流に割切っていえば、起業して事業に成功したら、その会社を高く売却して、老後は優雅に過ごそうということでハッピーリタイアです。その親族外承継の有力な手段がM&A(Mergers and Acquisitions)なのです。今や、M&Aは大企業のものではなく、中小企業にとって有効な経営手段の一つに位置づけられます。例えば、急いで新たな分野へ新事業進出したいときには、M&Aにより短期間のうちに業界内での一定のシェアを握ることが可能になります。このような前向きのケースだけでなく、後向きのケースにも有効です。経営不振の企業の場合、経営資源の状況によってはM&Aで経営者は最悪の結果から逃れることができるだけでなく、従業者や取引先関係も継続可能になります。もちろん、そのためには経営改革の努力を日頃から積重ねておかなければM&Aが成立しないケースもあります。
M&Aは極めて専門的な分野であり、実際に行うには必ず専門家組織の支援を得て進めることになります。しかし、その一般的な手順若しくはフローと各局面におけるポイントは中小企業経営者も心得ているべきでしょう。詳細は次の機会に譲るとして、ここでは少しだけ示したいと思います。
(1) M&Aの具体的な手法
一般的には株式譲渡による方法が多く採用されていますが、減資と増資の組合せによる株主変更を採用するケースもあります。事業の一部だけを対象にした事業譲渡の方法も多く採用されます。新事業進出には向いています。他にも会社分割による方法、合併による方法等、様々なバリエーションがあります。どの方法を採用するにも、売却側と買収側のそれぞれに長所と短所がありますので、どの方法を採用するかはM&Aパートナーとしての専門家組織とよく相談して決めることです。
(2) M&Aの手順
M&Aの目的と方針の明確化、パートナーとして選んだ専門家組織と手法や価格等の相談、売却の場合は専門家組織との仲介契約/買収側なら候補企業のノンネームでの概要シートの受取、売却側はノンネームシートの作成と配布先の決定/買収側は守秘義務契約をして見込みをつけた候補企業の詳細情報を入手、売却側は特定の候補企業との間で秘密保持契約を締結して詳細情報を開示/買収側は情報を提供した専門組織とアドバイザリ又は仲介契約を締結、基本合意書の締結、買収側によるデューデリジェンスの実施、最終契約書の締結、決済というプロセスが一般的です。
(3) 留意点等
特に重要な点として、売却側の場合はオーナー経営者一人が全てを背負って極秘裏に進めなければならないことがあります。社内の役員や従業員に相談することはできません。相談は、外部のM&A経験の豊富な専門組織だけにします。この点、経営者としての孤独感を十分に味わうことになりますが、外部の専門組織の存在価値を認識することになるでしょう。
もう一つ、デューデリジェンス(Due Diligence:DD)は売却側と買収側の双方にとって、非常に重要な作業です。買収側は、あら探しをして買収金額を可能な限り低く決定しなければならない訳です。更に突っ込んで、売却側も把握していない強みや改善可能性を見つけてM&Aの効果を最大限にしたい処です。一方、売却側は値引きにつながるような欠点は、極力解消しておかねばなりません。少なくとも、欠点を指摘されるだけではなく、それを帳消しにするような対策を講じて値引き交渉の材料にならないようにしておくことが重要です。デューデリジェンスの結果によっては、M&Aが破談になるケースも当然にあります。M&Aを好結果に導くにも、経営者として普段の経営改革への取組が決め手になると言えるでしょう。
以上、中小企業経営における経営改革の重要性をご紹介いたしました。ぜひ積極的に取り組んで頂き、企業の発展とスムーズな事業承継やM&Aの活用検討につなげて頂くことを期待いたします。
------------------------------------------------------------------------
■執筆者プロフィール
中村久吉(なかむらひさよし) (NPO)ITコーディネータ京都理事長
ITコーディネータ、中小企業診断士、プライバシーマーク主任審査員
e-mail: ohnakamura@gmail.com
コメントをお書きください