新しい産学連携のかたち / 馬塲 孝夫

●今年も、はや師走に入り、時の流れの速さを感じずにはいられませんが、世界
のビジネス環境は、恐ろしいスピードで変化をしています。IoT(モノのインター
ネット)はその最たるものですが、日本のビジネス環境は、この変化について行
っているのでしょうか。持続的な産業成長には、日本のような資源の乏しい国で
は、科学技術の優位性を維持する事が不可欠ですが、例えばINSEADの技術革新力
ランキングでは、日本は26位(2012年)と低迷。そして問題は更に深刻で、2007
年の3位から、毎年順位を下げてきたことです。

●技術革新力の強化には、当然科学技術力の強化が必要です。日本は国策で1995
年の科学技術基本法に基づき、5年毎の科学技術基本計画を実施してきました。
今年は、第4期(2010-2014)の最終年度であり、これまでの反省を踏まえ、来年
からの第5期計画に向けた策定作業が進んでいます。先日、10月29日、第5期計
画の答申素案が提出されました。今後5年間の科学技術戦略の内容がようやく固
まってきました。

●今回の答申案を読むと、基本政策を、次の4本柱で組み立てています。
(1)未来の産業創造・社会変革に向けた新たな価値創出の取り組み
(2)経済・社会的な対応
(3)科学技術イノベーションの基盤的な力の強化
(4)イノベーション創出に向けた人材、知、資金の好循環システムの構築
です。

●計画の内容に関しては、今年5月に中間とりまとめ案が発表されていましたが、
その時は、(1)未来の産業創造・社会変革に向けた取組、(2)経済・社会的
な課題への対応、(3)基盤的な力の育成・強化の3本柱でしたから、今回、基
盤的な力の育成・強化の内容を2つに分け、基盤力をより強調した内容といえま
しょう。そして、今回の重点は、イノベーションを創出する力は、これまでのよ
うに有望な研究に対する予算分配システムではなく、それを担う人材こそが肝で
あり、若手人材、特に若手研究者の育成を強化する事、としている点です。答申
案には、「まず、科学技術イノベーションを支える人材力を徹底的に強化する」
と強い表現が用いられています。即ち、大学のみならず、産業界が一体となり協
働して新しい人材育成にあたる事を求めており、その意味において、今後ますま
す産学連携活動が重要な役割を担うものと思われます。

●さて、この産学連携活動ですが、現状は、以上のような役割を果たしているの
でしょうか。正直、そうではないと思います。現在の産学連携といえば、大学研
究成果の企業への技術移転、企業との共同研究の実施が主ですが、一部の外部移
転可能な研究成果の応用を考えるのみで、真に、企業ニーズに対応した研究を実
施した結果とは言えません。また、民間との共同研究にしても、300万円未満
の少額案件が約7割を占め、何千万円という予算を持つ共同研究は希との実情を
見れば、産業界の大学に対する期待度の低さは否めません。また、人材面におい
ても、従来採用後の社内教育で人材育成を行う事から、大学の輩出する人材、産
業界の必要とする人材には、現在ミスマッチがあり、特に博士課程学生や博士研
究者等の高度科学技術人材に対して、それが顕著です。その為、高度科学人材の
活用が、欧米に比べて遅れており、それが、我が国のイノベーション創出力の足
を引っ張っているといえるでしょう。

●技術革新力を強化するためには、第5期科学技術基本計画が指向するように、
これまで以上に産業界、大学が協働し、相互に高い信頼関係を醸成しなければな
りません。その為には、大学側も、研究や人材育成に関し、より社会視点を持つ
ようシステム改革や意識改革が不可欠であり、また、産業界も、NIH症候群
(Not Invented Here:自組織以外の技術を採用したがらない事)や、自前教育主
義から脱却し、大学等の外部リソースを活用する風土を醸成しなければなりませ
ん。具体的には、従来の大学既存成果の転用を図るだけでなく、産学が協働して、
研究の初期から連携し、より実用性のある研究成果を出せる環境を構築しなけれ
ばなりません。また、成果の創出だけでなく、上記のような産学協働活動により、
大学の若手人材の身ならず、産業界の若手人材の育成に役立てるような、「新し
い産学連携のかたち」が必要ではないかと思います。

●このような「新しい産学連携のかたち」は「言うは易し、行うは難し」ですが、
徐々にそれに向けた活動は各大学、各企業で始まっているのではないかと思いま
す。先進的な企業では、オープン・イノベーションを謳ったR&Dセンターの設置が
始まっており、外部との本格的な協働に着手しています。大学側も、手前味噌で
すが、大阪大学でも、例えば、EDGEプログラムという形で、事業マインドを持っ
た若手研究者の育成への取組が始まっています。日本の競争力強化のためには、
産学が双方共に意識改革をして変わる必要があり、それがまさに「あたらしい産
学連携のかたち」をつくる事になるのではないかと思います。
 
参考)
1.平成25年度版科学技術白書
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa201301/detail/1338121.htm 
2.科学技術基本計画について(答申
案)http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kihon5/13kai/siryo1.pdf
3.大阪大学EDGEプログラム
 http://www.uic.osaka-u.ac.jp/EDGE/

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■執筆者プロフィール

馬塲孝夫(ばんばたかお) (MBA)

ティーベイション株式会社 代表取締役社長
(兼)大阪大学 産学連携本部 特任教授
(兼)株式会社遠藤照明 社外取締役