●今年の6月6日に2013年度版ものづくり白書が閣議決定されました。これ
は、ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく政府の年次報告書で、正式に
は「製造基盤白書」という名称なのですが、一般的には「ものづくり白書」の名
称で呼ばれています。毎年、経済産業省が中心になって、我が国製造業の現状分
析や、今後の動向などをまとめた資料として、よくデータがまとまっており、
2003年頃から毎年定点観測文書として重宝している資料です。
●さて、今年の白書の章立てを見ると、第一章「我が国ものづくり産業が直面す
る課題と展望」、第二章「成長戦略を支えるものづくり人材の確保と育成」、
そして第三章「ものづくり基盤を支える教育・研究開発」の構成となっており、
特に新しいタイプの人材育成にかなり比重をおいた構成になっているように思い
ます。
●昨年までは、2008年のリーマンショックの衝撃から立ち直りきれておらず、
まだまだ栄光の1980年代に思いをはせ、現状低迷からくる自信喪失の状況を
引きずっているようなトーンでしたが、今年はアベノミクス効果もあり、大手を
中心とした業績回復で、製造業の今後を考えた成長戦略をもとにした、より明る
さのある書きぶりになっているのではないでしょうか。
●具体的には、製造業を巡る環境分析では、これまでの生産拠点の海外進出を、
国内製造業の空洞化や国内需要低迷をもたらすネガティブな要因として捉えるの
ではなく、グローバル経済環境下では不可避動向ととらえ、海外拠点は現地ニー
ズに基づく製造戦略拠点、国内は研究開発拠点としてすみ分けるという積極的な
意味づけをしていることから、それが読み取れます。
●また人材育成面でも、これまでの日本のお家芸である高度な技能を、如何に育
成・継承していくかという、従来資産の維持・継承に重きを置くだけでなく、
今年は、新事業を担う人材の確保・育成の重要性を強調し、より高度な人材の育
成が急務としているところが特徴的です。これは我が国製造業の発展のためには、
従来業種、従来産業の高度化だけでは、今後の成長が見られず、新たな産業創出
や、既存企業での新事業進出が不可欠な状況であり、そのための事業をマネジメ
ントできる、いわゆるイノベーション人材が必要となっているとの認識からでし
ょう。
●このように、今年の白書は「成長戦略」を意識した記述になっています。では、
その成長戦略を実現するために、どのような方策が必要だとしているのでしょう
か。目についたのは「稼げるビジネスモデルの構築」が必要としているところで
す。つまり、日本のお家芸であった、QCD(品質、価格、納期)面での優位性
だけではなく、製品のバリューチェーン(価値連鎖)全体を見渡した収益モデル
を構築する事が重要としています。白書の表現を引用するなら「製品自体の付加
価値が希薄化する中で、単なるものづくりを越えた事業のあり方を模索する事が
必要」と。
●以上のように、政府の製造業に関する政策や認識は、成長戦略を目指して舵を
切った感があります。内容そのものは、其々説得力があり、同意できる内容ばか
りですが、率直な感想として、我が国製造業の未来を引っ張る提言としてはいさ
さか遅きに失した感があります。白書では最近話題の3Dプリンタや、自動車生
産における「モジュール生産方式」の進展に伴う構造変化に対応した、あらたな
ビジネスモデル構築が必要と述べていますが、これら技術や実用化は、欧米では
かなり以前から進んでおり、萌芽期を越えて、実用期に既に突入しているように
思います。
●競争戦略の本質が、誰もやらない・やれない事をやり、収益構造を構築するこ
とである以上、既にかなりの競争環境に入ってからは、競争力構築のためには非
常に不利です。有名な著作「イノベーションのジレンマ」で指摘されたように、
成功体験が、結局、新しいイノベーションを阻害するという法則が、日本の製造
業において現実のものにならないよう、今後の「成長戦略」の行方を注目してい
きたいと思います。
参考
・2014年度版ものづくり白書(経産省)
http://www.meti.go.jp/press/2014/06/20140606001/20140606001.html
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■執筆者プロフィール
馬塲孝夫(ばんばたかお) (MBA)
ティーベイション株式会社 代表取締役社長
(兼)大阪大学 産学連携本部 特任教授
(兼)株式会社遠藤照明 社外取締役
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