ボスはインド人 / 丸山 幸宏

<南インドのタミル語は日本語の源らしい>
 このことは、ボスと知り合ってから随分と後になってから知ったことですが、
南インドのタミル人が使うタミル語の古代語は、日本語の源流だという説があり
ます。ただし、学界では異端児扱いされているそうです(※1)。
 また、日本人のDNAは三方からやって来た古代人からなっているそうで、南方
の海洋沿いのルート・大陸からのルート・北方の北海道を経由するルートだそう
です。

 言語は、高い方の文明の影響を受けながら変化するそうで、ヤマトコトバが、
当時遥かに進んだ文明のあった大陸の影響を受けながら、様々な変化を遂げて今
の日本語があるとのこと。まぁその通りだが、ではそのヤマトコトバはどこから
来たのか、という少しワクワクする興味が湧きました。

  参考文献(※1)の冒頭で日本語の助詞について触れています。どうやら著者
は助詞の専門家で、言語が様々な影響を受けて変化する中でも、永きに渡って変
化しにくいものがあるそうで、助詞がそれと言います。タミル語も、数少ない助
詞のようなものがある言語で、音は母音が主、文法的にも基本的な語順だけでな
く「係り結び」なる特殊な要素において日本語と類似性が高いらしい。
 他にも、日本独特の情緒に関する「あはれ」の様な単語や、稲作に代表される
古代に広まった新しい技術を支えた「道具の名称」等々、タミル語と日本語は遠
くないと十分に信じさせてくれるものでした。

 長い前置きにお付き合いくださったついでに最後までお付き合い頂けると幸い
です。私のボスはインドに暮すタミル人で、彼の遠いご先祖さまがインド南洋に
旅立ち、遥かな旅路を経て伝えてくれたのが“にほんご“の源。何と壮大な夢と
ロマンのあることか、後から知って、インドの人たちに親近感を覚えた理由が何
となく腑に落ちた次第です。

<習うより慣れろ>
 インド人がボスになったのは5年前の2009年でした。振り返ると、最初に
インド人と仕事をしたのは、1991~92年にオブジェクト指向のプロダクト
開発を行うため、米国のITベンチャに出向していた頃でした。40人程の小さな
会社で、米国生まれは半分ほど、残りは海外からITの腕試しにやって来た人達で
した。この時、ITのフィールドでは、当分の間米国には勝てないと痛感した次第。
残念ながら20数年たった今でも、この差は埋まるどころか広がっていくばかり
ですね。

 この40人乗りの小舟に乗って、インド人と2人知り合いになりましたが、他
にも色々な国の人達がいた中で、一番親近感というか親和性を感じたその理由が
今では何となく理解できます。前置きで述べた、ことばの類似性もそうだし、米
を食べるという共通の文化と、2世代か3世代遡ると皆が農業で生計を立ててい
て、同じ農耕民族なんやなぁって思えることが一杯ありました。

 当時、色々な価値観の人がいる、一見混沌とした職場で、自分と同じところを
探して安心したがる自分を戒め、自分とは異なるものに興味を持つよう努めてい
ました。理屈は後から付いて来るもので、その違いを楽しむ余裕が出て来た頃に
ようやく、日本から出て海外で仕事をする「心得その1」を、少し身近に感じた
気がします。そう、「習うより慣れろ」、英語を習い始めた頃に教えられた金言
が、身にしみた20代半ばの貴重な経験でした。

<何をやるかではなく、誰とやるか>
 ボスと知り合ったのは1996年。我々は、それぞれ同じ顧客にコンサルタン
トとして入っていて、自社に案件を持ち帰る企みを持って常駐していましたが、
そんなことはさておき、お互い何となく親和性を感じる相手だったため、程なく
昼飯仲間となりました。

 当時、ちょうどブラウザのCookie仕様がおもちゃからちょっとマシになって、、
アプリケーション側でワンタイム・パスワードのようなアカウント管理の仕組み
を作ることができる様になり、英語のWhite Paper(技術仕様書)が出るなり、
プロトタイプを作って動かし、ワイワイガヤガヤやっていました。

 翌年プロジェクトが一段落して、お互いが自社に戻り、別々の職場になってか
らも、年に1回程度は会う機会を持っていました。不思議なことに、そういう希
薄な関係が、2009年にJoinするまで12年も続きました。
 思えば、そもそもコンピュータサイエンスに惹かれた理由は高校生の頃のスパ
コン競争や某社スパイ事件であり、なんてワクワクする世界なんやろうと。その
続きとして、彼とは何か面白いことができそうな気がしていたんですね。

 彼とは、しばらくは日本のマーケットで稼ぐけれども、中期的にはヘルスケア
でインドの内需で稼げる様になって、長期的にはインドの農業で稼げる様になろ
うって相変わらずワクワクドキドキすることに取り組んでいます。
 こんなちっぽけな惑星に暮す住人として、宇宙船地球号に乗る地球人の一人と
して、やっぱり「地球儀」をイメージしながら暮すことがとても大切なんじゃな
いかと思います。

<だるま和尚は、ダーマさんだった!>
 小学生の頃に少林寺拳法を習っていました。座禅の時間に、お経の様なものを
唱えるのですが、その中で「だるま和尚」という偉いお坊さんが出て来ます。こ
のお坊さんの名前が、実はダーマという南インドから中国へ渡った偉いタミル人
だということを数年前に知りました。
 お恥ずかしい話、このボーディダルマつながりで、南インドと自分は少年時代
からすでにつながっていたことに、つい最近気付いた訳です。
 今では小学生の息子と一緒に“再開”した道場通い、周りは黒い帯の若者ばか
りの中、「見習生」として過ごしています。習うより慣れろですね。合掌。

(参考)
※1 「日本語の源流を求めて」大野 晋著(ISBN-13: 978-4004310914)
※2 http://ja.wikipedia.org/wiki/達磨

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■執筆者プロフィール

Yukihiro Maruyama(丸山 幸宏)
 Product Business & West Regional Director
 IVTL Infoview Technologies Pvt. Ltd.  West Japan Office
 ITコーディネータ