IT投資の前提としての情報デザイン / 清水 多津雄

1.IT以前
 ITに無関心な経営者は多い。しかし、情報に無関心な経営者は考えられない
だろう。今月の売り上げは? これは経営者の切実な関心事である。
が、それが100円の電卓から出て来ようが、何億円もするシステムから出て来よう
が、正確かつタイムリーに出てきてさえいればそんなことはどうでもいいことだ。
いや、100円の電卓で済むなら、それに越したことはない。電卓じゃムリだと言
うから、しぶしぶシステムを導入するにすぎない。投資にはシビアなのである。
 というわけで、経営者の中でITは冷遇されがちである。しかし、これは実は
理にかなっている。ITは情報技術である。情報のための道具に過ぎない。
情報が主で、ITは従である。道具は必要に応じて入れるので十分である。
とすれば、問題は情報に移る。ITはともかく、情報はしっかりとマネジメン
トされているのであろうか?

2.企業は結局、人
 もう一つ、経営者の関心事としてよく耳にするのが人である。人が思うように
動かないと思い悩む経営者は多い。実は、ここでも情報が重要問題となる。
なぜか?
情報は人を動かす不可欠な要因の一つだからである。
売上を知ってどうするのか? 目標未達であれば、原因を明確にし、達成のため
の有効な方法を探り、それを実行しなければならないのである。
つまり、人が動く。しかし、売上、原因、達成のための方法(ナレッジ)、すべ
て情報である。
つまり、人が動くには情報が不可欠である。
企業は人で成り立つ。人が動かなければ、企業は無である。そして、人を動か
す大きな要因が情報なのである。
とすれば、企業における情報は人を動かすようにデザインされていなければな
らない。
しかし、それを自覚的かつ体系的にやっている企業はどれだけあるだろうか?

3.情報はモノではなく機能
 その場合、2つの情報を区別する必要がある。モノとしての情報と機能としての
情報である。
情報セキュリティの場合、モノとしての情報が主役である。ハードディスクの中
に大量の顧客属性情報が溜まっているとする。漏れたら大変なことになる。
モノだから持ち出されないよう管理しなければならない。
 しかし、その大量の顧客属性情報が活用されることなく、ただ眠っているだけ
だとしたらどうだろう? まったく無意味だ。つまり、情報として機能していな
い。この局面が、機能としての情報ということである。

4.情報とは差異を示す機能
 では、情報の機能とは何か? まず「情報とは差異を示す機能である」という
定義から出発しよう。こういうことである。たとえば、A社の5月の売上が1000
万円であるというデータがあるとしよう。
このデータだけだと、「で、それで?」という感じである。しかし、そこにもう
一つ「A社の4月の売上は1100万円だった」というデータが加わったとしよう。
すると売上が下がっているという実態がわかる。つまり、両者の差異こそが売上
実態を示しているのである。
5月売上も、4月売上も、それ単独ではただのデータにすぎない。両者の差異が初
めて情報としての機能を果たすのである。差異を示す機能、それが情報なのだ。

5.差異、気づき、行動
 しかし、差異は気づく人しか気づかない。A社の中でもある特定の地域で売上
が下がっているとしよう。ある人は「ふーん、売上が下がってるんだ」で終わる
かもしれない。しかし、別の人は落込み幅が異常であることに気づき、早急に原
因追究が必要であると思うかもしれない。気づきは一人一人違う。そして、情報
はそれを受け取った人の適切な気づきがなければ機能しない。気づきによっては
じめて機能し始める。
 とすれば、そうした情報(差異=変化)の感度を日ごろから養う努力が欠かせ
ないであろう。さらに、そのあと原因追求していくにしても、やはり情報と気づ
きが必要である。方策を立てるにもナレッジなどの情報が欠かせないし、実行す
るにもオペレーションに情報が要る。こうした情報が体系的に整理され、タイム
リーに供給され、適切な気づきが生み出されてはじめて有効な行動が可能になる。
こうして情報は行動につながるのである。
 モノとしての情報は機能しなければ意味がなく、機能としての情報は行動につ
ながらなければ意味がない。そして、行動だけが企業に成果をもたらすのである。

 行動につながるように企業の情報を全体的かつ体系的にデザインすること、そ
れが肝要である。そして実は、このベースがあって初めて本当に有効なIT投資
が可能になるであろう。以上の議論はほんの端緒にすぎないが、それでも情報-
行動デザインとでも言うべき前提が、ITに実質的な効果をもたらすと思うので
ある。

参考
ニクラス・ルーマン『社会システム理論』
情報についての基本的な考え方は本書を参照している。(相当に単純化およびデフ
ォルメしていますが。)

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■執筆者プロフィール

清水多津雄
ITコーディネータ
企業内ITCとしてITマネジメントに従事
大学・大学院での専攻は哲学。現在、オートポイエーシス理論、とりわけニクラ
ス・ルーマンの社会システム理論をベースに企業で役立つ情報理論&方法論を模
索中。