■はじめに
安倍晋三首相の危機突破内閣が2012年12月26日に発足した。急務である経済の
立て直しのために,経済戦略として三本の矢:金融緩和・財政出動・成長戦略を
軸に活動を開始した。
しかし,過去20年間,公共投資(財政出動)を中心とした経済活性化策を図っ
てきたが,繰り返し失敗し今や我が国の借金は1000兆円に達している。公共投資
や成長戦略云々といっても約432.6万社,99.7%の個人事業・中小企業や中堅企業
の多くが萎縮している状況では,経済が一時的に回復したとしても継続的な成長
ができるのであろうか。従来型のトップダウン的発想とマクロ経済手法だけでは
期待する効果が少ないのではないかと危惧する。その危惧の理由は,現場で働く
人々がモチベーション,能力,知恵,知識,経験を最大限に発揮し「幸福感が味
わえる」視点,すなわち“逆転の発想”による具体的な経済成長戦略がみられな
いからである。
ここでは,この“逆転の発想”である「働く社員の幸福感を最も重要視する企
業」を紹介する。この会社は,周知の岐阜県の電気設備資材,給排水設備製造販
売業の未来工業株式会社である。この会社は約40年間,黒字経営である。
・商号 :未来工業株式会社
・創業 :昭和40年8月
・資本金 :70億6786万円
・売上高 :228億円
・従業員数:780名
■未来工業株式会社に見る逆転の発想
創業者の取締役相談役山田昭男氏の経営理念は,既存の多くの企業のそれと大
きく異なっている。すなわち,「働く社員の幸福感が最も重要で,働く社員が幸
せな会社は必ず儲かる」という考えである。彼は,創業以来,この理念に基づい
て働く社員の幸福度を最優先し,モチベーションを最大限(100%)に発揮できるイ
ンセンティブ(餅):待遇と環境を提供し続けてきた。そのモチベーションを最
大限に発揮できる待遇と環境の例はつぎのとおりである。
●労働条件
・労働時間は7時間15分で残業禁止。休日は年間140日
・報酬は65歳の平社員の平均年収700万円,70歳定年制
●具体的な活動例
・無駄の徹底排除(得た利益は社員に還元)
経費削減のために無駄を徹底的に排除し利益の確保に対応している。例えば,
次のような項目がある。
・昼間は必要な場所以外は電気をつけない。
・企業所有の乗用車がない。
・各種の書類の裏紙を徹底的に利用する。
・従業員の制服はない。
・コピー機は,事務所設置の1台を徹底的に活用する。
●従業員の能力のフル活用
・報連相の禁止
ビジネス実務書や一般企業の社員教育では定番の項目である上司への報連相
(報告・連絡・相談)を禁止している。すなわち,社員は“自分で考え,自分で
判断し,迅速な行動に徹する”ことを推奨している。
・ノルマなし
社員の自主的活動に任せている。
・改善提案制度
社員に常に考えることを奨励している。そのために,改善提案するだけで500
円,金賞3万円,銀賞2万円,銅賞1万円である。これは新製品創出や職場の効率
化向上などに大きく寄与している。
●製品の差別化戦略
・魅力的なモノの創出
「良いモノを安く売る」という考えでは過当競争に陥り企業経営はできない。
顧客にとって「魅力的なモノ」を社員同士のアイデア・議論で製品化し顧客に提
供すれば買ってくれる。安く売る必要はない。
■おわりに
創業者の山田昭男氏の素晴らしいところは,「働く社員の幸福感が最も重要で,
働く社員が幸せな会社は必ず儲かる」との信念で,“社員の幸福感が第一”の経
営を徹底的に継続し進めてきたことである。この徹底こそが偉業の分かれ目であ
る。“社員をコスト”として見るのではなく“社員の幸福感が第一”の視点で社
員の能力を最大限に重用していることである。これにより自ずと黒字経営ができ
ることを証明したのである。まさに「目から鱗」である。社員を感動させる企業
家とはこのような方をいうのだろう。
阿倍晋三首相の危機突破内閣は“トップダウン的経済戦略”だけでなく山田昭
男氏の理念に通じる“ボトムアップ的経済戦略”が必定と考える。すなわち,
「働く国民の幸福感が最も重要で,働く国民が幸せな日本は必ず儲かる」という
“逆転の発想”である。次世代を担う若者たちに,この“幸福感が第一”を実感
できる待遇と環境を提供したいものである。
参考資料
1)未来工業株式会Home Page
http://www.mirai.co.jp/index.html (2013年1月20日閲覧)
2)NHK FM放送,ラジオ深夜便明日へのことば,「社員全員の“総幸福”をめざ
す」,2013年1月20日午前4時放送
------------------------------------------------------------------------
■執筆者プロフィール
柏原 秀明(Hideaki KASHIHARA)
京都情報大学院大学教授,柏原コンサルティングオフィス代表
NPO法人ITC京都副会長・理事,日本生産管理学会関西支部副支部長
博士(工学),ITコーディネータ,技術士(情報工学・総合技術監理部門),
EMF国際エンジニア,APECエンジニア
コメントをお書きください