2つの”集合知” / 藤原 正樹

 みなさま、あけましておめでとうございます。
昨年は、大震災に見舞われ大変な年でありましたが、東北での復興に向けた取り
組みは進んでおります。今年も、ご支援よろしくお願いします。

 さて、メルマガの本題に入ります。
この時期は4年生の卒業論文の査読に忙殺されます。けっこう時間をとられるの
で大変ですが、これは!と思うすばらしい卒業論文に出会えるのが楽しみになっ
ています。今回はタイトルの通り、集合知に関する卒論で取り上げられていた
”2つの集合知”について書きます。
 昨年1年間は、”集合知”が歴史の発展に大きな役割を果たした年でした。ジ
ャスミン革命に始まる中東の民主化、震災時の復興支援など、ソーシャルメディ
アを介した人々の協働が注目されました。TwitterやFacebookなどのソーシャル
メディアが社会のインフラとして定着したと断言できる状況が生まれました。ソ
ーシャルメディアの役割は、人々のコミュニケーション支援、情報共有など多く
の役割が指摘されていますが、最も重要なのは”集合知”を醸成する役割でしょ
う。

■集合知とは?!

 集合知という用語は、インターネットの発展と共に注目されるようになりまし
た。集合知に関する研究はインターネットが登場する以前からありましたが、イ
ンターネットの発展が集合知を目に見えるものにしたという経緯があるように思
います。そのため、集合知に関する研究もここ十数年の内に大きく進んできまし
た。
 集合知とは、「大勢の人が情報を持ち寄り、意見や議論を交わすことにより、
ブラッシュアップされて新たな付加価値を持つ情報や言説が生まれること。」(出
典:Wisdom ビジネス用語辞典)と一般的に理解されています。集合知が機能した
実例として、技術者の無償協働作業から生まれたOS:Linux、インターネット上の
百科事典であるWikiペディアなどが示されます。また、ジェームズ・スロウィッ
キーという人が書いた「『みんなの意見』は案外正しい」という本は世界でベス
トセラーになりましたね。「グーグルが何十億というWebページから、探している
ページをピンポイントで発見できるのも、正確な選挙結果が予測できるのも、株
式市場が機能するのも、すべて『みんなの意見』のたわものである。多様な集団
が到達する結論は、一人の専門家の意見よりもつねに優る・・・」というスロウ
ィッキーの主張に、ハッとした経験のある方もあると思います。

■2つの”集合知”
 
 TwitterやFacebookなどソーシャルメディアの登場で、集合知はさらに注目さ
れるようになっています。ところがその役割は、曖昧模糊(あいまいもこ)とし
ており、どのように機能するかについても解明されていません。まさに、”案外
正しい”というレベルにとどまっています。
 そこで、集合知について調べていくと、2つの集合知に関する考えがあること
がわかります。一つ目の集合知は、「集団的知性:Collective Intelligence」と
いうものです。
 ピエール・レヴィというフランスの哲学者によれば、集団的知性とは「コミュ
ニティ内で情報、知見、成果を共有し、それらを互いに修正・評価し合うことに
よって得られる理解の一致である」としています。別の言い方をすると、集団が
多様な意見を共有し、それを協力と競争によって成果を生み出し、さらにその成
果を共有するという循環で、より高次の洗練された集合知を生み出すものです。
先に示した、LinuxやWikiペディアの例はその証左であるといえます。
 もう一つの集合知は、「群衆の知恵:Wisdom of Crowds」といいます。群衆の
知恵とは先述のスロウィッキーによれば「多くの人々が互いの知識に影響される
ことなく個別に自らのデータを生み出し、その個別データを匿名で集計すること
で得られる知恵」となります。この群衆の知恵が有効に機能した例として、先の
グーグル検索ヒット率の高さ、「ビンの中のジェリービーンズ」実験、1986年の
スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故後の株式市場、など多くの例が示
されています。

 この2つの集合知の現れ方は、明らかに異なっています。
集団的知性:Collective Intelligenceは、集団の協働によってより高いレベル
の知性が生まれることを示しています。他方、群衆の知恵:Wisdom of Crowdsは、
個々人が生み出したデータを集計することによって正しい見解が求められるとい
うものです。

■集合知は、どのように発展するか?

 インターネット・ソーシャルメディアという新しい”空間”の登場によって人
類の知性はどのように発展することが出来るか?
ソーシャルメディアは、単なるコンピュータネットワークにすぎないという意見
もあります。しかし、そのコンピュータネットワークによって、新しい人のつな
がりが生まれていることは間違いありません。人類にとっての新たな”知的活動
空間”が生まれたと言っても過言ではありません。
 2つの集合知は、今後どのように進化していくか?今、現在進行形で、壮大な
実験が進みつつあります。

参考文献
・松田次郎「ソーシャルメディア時代における集合知とその政治的応用の研究」
(公立大学法人宮城大学事業構想学部・卒業論文)
・ジェームズ・スロウィッキー「『みんなの意見』は案外正しい」(角川文庫)
・Pierre Levy, Collective Intelligence, NewYork Basic Books.


■執筆者プロフィール

藤原正樹(フジワラ マサキ)

NPO法人ITコーディネータ京都 理事
公立大学法人 宮城大学 事業構想学部 教授
博士(経営情報学)
中小企業診断士 公認情報システム監査人(CISA)
e-mail:fujiwara@myu.ac.jp