●タイトルの逆風野郎とは、最近サイクロン型掃除機や羽根のない扇風機で話題
となっているダイソン社の創業者ジェームズ・ダイソン氏のことです。かねてか
ら、奇抜なデザインのダイソン社製品が気になっていました。機会があれば、こ
のような製品がどうして開発されたのか知りたく思っていましたが、最近ジェー
ムズ・ダイソン氏の現在に至るまでの人生や経営哲学に触れる機会があり、非常
に印象的でしたのでそれを紹介したいと思います。
●ダイソン氏は、1947年英国イングランドにあるノーフォークの生まれ。9
歳のころ、父親をガンでなくし、経済的に苦しい環境で育ったようです。父親は
教師でしたが、アマチュアの舞台俳優でもあり、亡くなる前に教師を辞めてプロ
の俳優を目指そうとしていたようです。幼いダイソン氏は、父が、やりたくない
教師を続け、結局やりたいことを出来ずに世を去ったことにショックを受け、自
分は、やりたいことをやる人生を送ろうと決意します。
●父親の影響で舞台演劇になじみ、その影響で舞台芸術に興味を持ちます。そし
て、ロンドンの王立美術学校(RCA)に進学し、工業デザインに目覚め、それ
を生業にしていこうと決意します。興味深いのは、ダイソン氏が理系エンジニア
ではなく、純粋の文系デザイナであったということです。彼は世の中の美しい人
工的構造物に強く惹かれ、新しいものを創造するために、仲間と共にカーク=ダ
イソンデザイン社を起業します。ここで、グラスファイバー製の船“シートラッ
ク”や、車輪をボールにした手押し車“ボールバロー”を開発し、事業を拡大し
ていきます。
●事業は順調に進むのですが、途中、デザインを他社に盗まれたり、経営パート
ナーの詐欺にあったりと、結局借金が膨らみ、かつ共同経営者との仲間割れで、
自ら会社を飛び出してしまいます。
●一人になったダイソン氏。ある時、業務用の遠心分離型集塵機を見て、家庭用
掃除機に応用できないかとひらめき、1979年、新たにエアーパワー・バキュ
ームクリーナ社を設立。サイクロン型掃除機の開発に没頭し始めるのです。
●何百もの試作品、何千もの修正、何万回ものテストを繰り返し、漸くデュアル
・サイクロン技術を確立し、まともな実用試作品ができたのは、開発開始から4
年後の1982年でした。それまで売上はゼロ。ひたすら、満足できるものが出
来るまで開発作業に没頭したそうです。
●製品はできたものの、販路がありません。掃除機は吸引型が常識。大企業は相
手にしてくれません。ダイソン氏は、欧州、米国を一人で駆け巡り、ようやく日
本の企業とライセンス契約に漕ぎつけます。日本国内での製造販売を目指し、日
本技術者と機能、品質面で徹底的な製品開発を行い、1986年に国内販売を開
始しました。しかし、売れません。当然収益も上がらず、失意のうちにダイソン
氏は英国に帰国し、何とか母国での事業展開を模索します。
●幸運にも、資金援助者が現れ、1993年、ダイソン氏は英国で念願のサイク
ロン掃除機を開発製造する自分の会社ダイソン・リミテッドを設立し、自前での
製品化に邁進します。納得するまで、デザインや機能を改良し、自社生産品DC
01を発表しました。ダイソンのトレードマークである黄色とグレイの美しいデ
ザイン、掃除機として奇抜な透明な集塵部などは、ダイソン氏の製品に対する徹
底的なこだわりの賜物だそうです。
●その先のお話は、我々が良く知るところです。米国フーバー社が1908年に
吸引型掃除機を発売して以来、掃除機といえば吸引型が常識でした。これを覆し
たのがダイソンの掃除機であり、いまや家電王国の日本でも市民権を得るまでに
なりました。最近では、羽根のない扇風機やヒータを開発し、我々の常識をどん
どん覆しています。
●ダイソン氏の哲学を見ると、製品は機能だけでなく、美しくなければならない、
顧客がワクワクするものでなくてはならない、というデザイン重視の哲学が見て
とれます。これは、アップルのジョブス氏と共通するものではないでしょうか。
ダイソン氏も、そのデザインを実現するために、何千回も修正を重ね、妥協を許
さないといいます。
●一方で、家電業界でトップを走っていた日本企業は、パナソニック、ソニーと
いった超優良企業でさえ、ダイソンやアップルのような、奇想天外な発想による
新製品を出せなくなってきました。いまや彼らの製品を模倣し、追従する始末で
す。この要因の一つは、日本企業があまりにも機能開発を重視しすぎ、工業デザ
インのようなアートを軽視しすぎた結果ではないかと思います。
●家電製品のような成熟製品には、従来とは異なる発想による新製品が新しいマ
ーケットを創造します。これがイノベーションです。日本の製造業に今必要なの
はこのようなイノベーションです。ダイソン氏の物語を見て、これからのものつ
くり企業が進むべき道のヒントを見たような気がしました。
(参考文献)
「逆風野郎!ダイソン成功物語」ジェームズ・ダイソン著、樫村志保訳、
日経BP社、2004
■執筆者プロフィール
馬塲 孝夫(ばんば たかお) (MBA経営学修士)
ティーベイション株式会社 代表取締役社長
大阪大学 産学連携推進本部 特任教授
株式会社遠藤照明 監査役
E-mail: t-bamba@t-vation.com
URL: http://www.t-vation.com
◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産情報
システムが専門です。◆
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