●福島原発でレベル7の重大事故が起き、日本国内のみならず世界中から一刻も
早い収束が求められています。放射線という目に見えない脅威に対して、人間が
近づくことができないという特異な状況がこの事故の深刻さと難しさを一層際立
たせています。毎日のように、この事故の進捗状況が報道され、いつも祈るよう
な気持ちで見ているのですが、その中で非常に印象に残った場面があるので、今
回はそれをきっかけとしてコラムを進めたいと思います。
●印象に残った場面というのは、ロボット技術がこのような深刻な事故対応に適
用された場面でした。皆様もご存知のように、原子炉施設建屋内の放射線量が非
常に高いため、人が近づくことすらできない状況のなかで、カメラや放射線セン
サを積んだロボット2台が遠隔操縦で投入されました。このロボットは、残念な
がらロボット大国の日本製ではなく米国のボストンにあるアイロボット社製の
「パックボット」という機種でした。
●アイロボット社は、家庭用掃除ロボットの「ルンバ」の製造元で最近有名にな
ったベンチャー企業です。ただ、筆者が注目したのは、「ルンバ」で有名というこ
とではなく、この会社の幹部の人たちなのです。アイロボット社は、マサチュー
セッツ工科大学で人工知能研究をしていたR.ブルックス教授、そしてその教え
子のC.アングルとH.グレイナーの3名が1990年に設立したベンチャー企
業で、創業以来、人工知能を応用した様々なロボットを商品化し、NASDAQ
にも上場しています。主力製品は、軍用ロボットで地雷探査や除去に使われた
「アリエル」、9.11の米同時多発テロで活躍し、今回にも投入された「パッ
クボット」、その大型版の「ウオリアー」などがあります。
●これらのルーツになったのが、ブルックス教授の研究成果の包摂アーキテクチ
ャといわれる制御理論です。これは、昆虫の運動における制御理論を模したもの
で、筆者が企業の研究所で産業用ロボットの開発を行っていたときに、世界的に
注目されていた理論でした。その当時、ブルックス教授の論文を読んで勉強した
記憶があります。そしてこの理論を実体化したのが、彼によって開発された6足
歩行による昆虫型ロボット「ゲンギス」です。包摂アーキテクチャの要は、足の
動きがそれぞれセンサ系と運動系の閉じた自律性で具現化されており、それらが
階層化されて集合すると、あらかじめ特定の動作がプログラムされていなくても、
障害物に当たったら自動的に足を上げるという、生物にとって合目的な運動が自
動的にできるというものだったと思います。
●今回、改めてアイロボット社の系譜を調べてみると、このような自律分散型の
制御アーキテクチャが基礎になり、その技術が家庭用の掃除ロボット「ルンバ」
にまで使用されているとのこと。これは、一つの独自理論が、基礎研究から実用
的製品まで連綿と受け継がれ、事業として継続しているという点で素晴らしいと
思いました。
●原発へのロボット投入の報道がなされたほぼ同時期に、筆者の目を引いた報道
がもう一つありました。それは、日本の産業用ロボットメーカが、ロボットの製
造能力を倍増する計画を発表したとの新聞記事です。日本は世界一の産業用ロボ
ット生産国とは万人の知るところですが、リーマンショック後の景気低迷期にも
拘わらず、新興国の製造業における自動化需要が倍増し、ロボットメーカは大変
な好景気に沸いているとのこと。この裏には、日本のロボット製品の機能、品質
の優秀さがあります。さらにその背景には、1960年代初頭に現れた現在の産
業用ロボットの原型を、マイクロエレクトロニクスや機械技術、および制御技術
で不断の改良を続け、世界一の品質と量産技術を確立した日本技術者の勝利があ
ると思います。
●しかしながら、この産業用ロボットもまた、その原型は、米国に由来している
ことを、多くの人たちはご存知ないのではないでしょうか。産業用ロボットの原
型は、1961年に発表された米国ユニメーション社の「ユニメート」とAMF
社の「バーサトラン」だといわれています。このころに、現在の産業用ロボット
の原型の教示再生型制御方式が確立、製造ラインの自動化に貢献し始めたのです。
●このようにロボットの産業化の系譜をみていると、経営理論で指摘されている
類型化、すなわち日本はプロセスイノベーションが得意で、プロダクトイノベー
ションが苦手という構図が良くわかります。今回の例では、新しい理論の適用、
コンセプトの創造による新製品の開発という面で米国発産業用ロボットや、アイ
ロボット社の非産業用ロボットがプロダクトイノベーションの好例、そして、「ユ
ニメート」や「バーサトラン」のアーキテクチャを受け継ぎ、その製品類型を量
産技術や不断の製品改良によって世界一の産業ロボット群に結実させた日本企業
が、プロセスイノベーションの好例ということになりましょう。
●そういった意味では、二足歩行など、どちらかといえば技術的興味に重点を置
いてきた日本企業において、今回のような非産業用ロボットの実用的応用分野に
対してもその重要性に目覚め、不断のプロセスイノベーションに突き進んでいく
のでしょうか。その行く末がどうなるか、今後楽しみです。
■執筆者プロフィール
馬塲孝夫(ばんばたかお) (MBA)
ティーベイション株式会社 代表取締役社長
株式会社遠藤照明 監査役
大阪大学 産学連携本部 特任教授
e-mail: t-bamba@t-vation.com
URL: http://www.t-vation.com
◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、
生産産情報システムが専門です。◆
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