タイタニック ~ 失敗を繰り返さないために ~/上原 守

 豪華客船「タイタニック号」は,1912年の処女航海で氷山と衝突して1513人の
犠牲者(犠牲者数は他の説もあります)を出して沈没しました。映画にもなって
いますから,皆さん,ご存知だと思います。
 「タイタニック」という船名はギリシャ神話の巨人の神「タイタン(ティータ
ーン:Titan)」からとられていて,巨大で剛健であると言う意味が込められてい
ます。ちなみに,土星の衛星「タイタン」は水星よりも大きいそうです。またゴ
ルフクラブや,眼鏡フレームに使われる「チタン」として知られる元素(元素記
号:Ti,原子番号:22)も同じ語源です。

■品質管理の観点から
 多数の死者をだした沈没の直接的な原因は氷山との衝突ですが,その遠因にな
ったものはいくつかあります。品質管理的に言えば「流出原因」と「発生原因」
の「なぜなぜ分析」とでも言えるかと思います。

まず「なぜ」多くの犠牲者が出たのか・・・
 当時は大型客船は沈没までに時間がかかることが常識となっており,救命ボー
トが乗船可能な人数分用意されていませんでした。
 もちろん,当時の法的規制に対しては充分な数(1178人分)が用意されていま
したが,処女航海であるタイタニックの船員は充分な訓練を受けていませんでし
た。そのため,救命ボートを吊り下げる装置やロープが定員を乗せたボートを支
えきれるか判断ができず,先にボートを海面に下ろしたため,定員数を乗せない
まま離船したボートも多かったそうです。
 このことが,2200人の乗員に比べて犠牲者が多くなった原因の一つと言われて
います。一旦離船した救命ボートも,沈没後すぐに救助に向かうと,遭難者が舷
側にしがみついて沈没することを恐れて1艘しか溺者救助に向かわなかったそう
です。海水温が低く,海に投げ出された人達は低体温症や心臓麻痺で,長く持た
なかったことも原因の一つと言われています。
 近くを航行中の船もあったのですが,船長が氷山を恐れて近づかなかったそう
です。(後に査問委員会にかけられました)

次に「なぜ」氷山の衝突で大きな穴があいたのか・・・
 「タイタニック」は,防水隔壁で16区画に分けられており,簡単には沈没しな
い構造になっていました。
 氷山はタイタニックの船体を撫でるように衝突したため,衝撃が小さくて,ブ
リッジでは最初は回避できたのではないかと思われたそうです。実際に亀裂は数
センチくらいの幅しかなかったそうです。ところが,当時は知られていなかった
「低温脆性」の影響で,船腹の鉄はもろくなっていたため,亀裂は長い範囲に渡
り,複数の防水区画に浸水しました。
 氷山は,1割くらいしか水上に出ていません。喫水下での被害が大きかったの
だと思います。

最後に「なぜ」氷山が発見できなかったのか・・・
 当該海域には流氷群の危険が船舶通信で警告されていましたが,北大西洋では
この時期に良くあることと見過ごされました。また,たまたま前日に無線機が故
障していて,通信士達は溜まった乗客の電報発信に忙殺されていました。
 さらに悪いことに,双眼鏡が入ったロッカーの鍵が引継ぎされないまま,担当
の船員が下船していたそうです。そのため,見張りを肉眼で行うことになり,発
見が遅れたといわれています。
 ただし衝突は深夜であり,双眼鏡がどこまで有効であったかについては,疑問
もあります。

■失敗を繰り返さないために
 上記のことから,失敗を繰り返さないためには,以下のようなことが考えられ
ます。
1.充分な訓練
 船員の訓練が充分であれば,救命ボートに定員数を乗せないまま離船するよう
なことは無かったでしょう。
 低温の水中での生存可能な時間は,経験的には知られていたと思います。充分
な訓練を受けて「プライド」を持った船員であれば,直ぐに溺者救助に向かった
のではないでしょうか。
2.情報の公開
 救命ボートを吊り下げる装置やロープは,施工時にテストされており,定員以
上の乗客を乗せても大丈夫でした。このことは,船員の間に周知されていなかっ
たようです。また,救命ボートには定員以上に実際にどれだけの人数が乗れるの
かも,知られていなかったようです。
3.過信しない
 タイタニックは,その構造から「不沈客船」と呼ばれ,簡単には沈まないと思
われていましたが,衝突から沈没まで2時間40分しか持たなかったそうです。
4.引継ぎの悪さ
 双眼鏡の有効性はともかく,入っているロッカーの鍵の引継ぎが悪かったのは
事実です。
5.危険への嗅覚
 「充分な訓練」にも関係するかも知れませんが,危険を察知する嗅覚のような
ものが鍛えてあれば「流氷群の危険」を真剣に受け止めたと思います。

 上記は,システム開発プロジェクトでも似たようなことが言えます。
 充分な訓練を施した要員を集め,必要な情報を正しいタイミングで公開する。
また自分の力を過信しないで,専門家の意見を尊重する。工程の引継ぎは確実に
行い,懸案事項を明確にする。
 システム開発でなくてもプロジェクトをやっていると,何となく「キナ臭い」
感じがすることがあります。大体は,どこかで仕様や作業内容の不整合がおきて
いたり,顧客やチーム内の担当者の言うことが微妙にブレてきたりしています。
やはり「嗅覚」を磨いておかないといけません。

■低温脆性について
 鋼の低温脆性は,第二次世界大戦の「リバティ級貨物船」の沈没事故で発見さ
れました。昨年の8月3日の当メルマガで,私が書いた文章の中に「工学上の三
大事故」があり,そこで少しだけ触れています。
 タイタニックの沈没は1912年ですから,発見まで30年以上経っています。
 低温脆性は,利用が想定される温度環境下で実験をすれば,簡単に見つけるこ
とができるはずなのですが,残念ながら人間の頭はそういう風には働かないもの
なのでしょう。
 余談ですが,スペースシャトルのチャレンジャー号の事故の時に,事故調査委
員であったノーベル賞物理学者のリチャード・ファインマンが,事故の原因にな
ったOリングを氷水に漬けて低温で物性が変わる(脆くなる)ことを示した逸話
があります。
 システム開発の場合でも「想定される利用環境化」でのテストの重要性を忘れ
ないようにしたいと思います。

■最後に・・・
銀河鉄道の夜
 宮沢賢治のこの本には,タイタニックの事故をモチーフにしたと思われる部分
があります。美しい文章ですので,ご一読をお勧めします。

■参考資料
Wikipedia「タイタニック」
「タイタニック号の最期」ウォルター・ロード著


■執筆者プロフィール

上原 守 harvey.lovell@gmail.com
 ITC,CISA,CISM
エンドユーザの立場から,ユーザのシステム部門,ソフトハウスでの経験を活か
して,上流から下流まで,幅広いソリューションが提供できることを目指してい
ます。