風が吹けば桶屋は儲かるのか? ~ KGI,CSF,KPI ~/上原 守

 ■謹賀新年
本年,二回目の配信になります。
ITC京都メルマガの読者の皆様,明けましておめでとうございます。
今年が皆様にとって良い一年でありますようにお祈り申し上げます。

■CSF,KGI,KPI
新年から横文字になりますが,KGIやKPIという用語を,聞いた事も無い方がいら
っしゃると思いますので,少し説明したいと思います。

CSFは,Critical Success Factorの略で「重要成功要因」と訳されます。KGIを
達成するために重要となる成功要因です。ITCの業務プロセスにおいては,SWOT
分析やBSCを利用して抽出します。
例えば「新製品による売上向上」とか「新規顧客の獲得」になります。

KGIは,Key Goal Indicatorの略で「経営目標達成指標」とか「重要目標達成指
標」と訳されます。経営目標の達成度を,測定できる尺度で数値化したものにな
ります。
例えば「新製品を市場に投入して3年後に売上○○億円」という風になります。
一般にKGIは,事業に関係するステークホルダーを満足させる目標値です。

KPIは,Key Performance Indicatorの略で「業績評価指標」とか「重要成果達成
指標」と訳されます。KGIを達成するために,日次や週次,月次等で把握可能な
指標になります。

■桶屋が儲かるには
「風が吹けば桶屋が儲かる」を,分解すると以下のようになります。
 1.風が吹くと土埃が立つ。
 2.土埃が目に入って盲人が増える。
 3.盲人は三味線を買う。
 4.三味線に使う猫の皮が必要になり,猫が殺される。
 5.猫が減るとネズミが増える。
 6.ネズミが増えると桶を齧る。
 7.桶が壊れて桶屋が儲かる。 (Wikipediaから一部表現を修正して引用)
これは(無理をすれば)一つのビジネスプロセスとして捉えることができます。
この場合の,CSF,KGI,KPIはどうなるでしょう?

KGIは「桶屋が儲かる」ですね。
「風が吹けば桶屋が儲かる」という命題が正しいなら,桶という商品は特定地域
に突発的な需要が起きる事になります。「儲かる」には「売上が上がる」「利益
が上がる」の二種類が考えられますが,売上は外にあり,利益は中にありますか
ら,この場合「売上が上がる」になりそうです。
ですから,もう少し格好良く書き直すと「突発的な需要を予測し,対応する事で
売上を向上させる」とかになると思います。売上を向上させるには,既存顧客の
深掘りか,新規顧客の獲得が必要になります。

■桶屋のビジネスモデル
ネズミに齧られた桶は,修理するか新規に購入する必要があります。
「桶屋が儲かる」ためには,私が桶屋だとして,先ずどういった業態なのかを考
えます。この時代の桶は,木をタガで止めている物(そうでないとネズミが齧り
ません)で修理も出来そうです。この桶を,店舗で販売しているのか,移動販売
(昔風に言うなら「歩き売り」でしょうか)をしているのか,製品販売だけなの
か修理もやっているのかによって違ってきます。これが,既存のビジネスモデル
になります。

■CSF
まず,桶がネズミに齧られたところへセールスする必要があります。
直接的に桶を壊すのはネズミですから,ネズミが増える場所や時期を把握する必
要があります。また,ネズミが増える原因は風が吹くだけでは無く,例えば笹が
実をつけたとか,開発によって天敵が減ったなども考えられます。こういった情
報を素早く把握して対応することが,一つのCSFとして考えられます。
ニーズを逃がさないために,実店舗で徒歩圏内の商圏を顧客にしている場合,商
圏内で風が吹いたら,1~2ヶ月後に顧客名簿にDMを打ちます。既存顧客の深掘り
による,売上向上狙いです。
また製品販売だけでしたら,修理も可能な体制をとり「修理承ります」といった
チラシをポスティングするとかも考えられます。「修理」と言う新しいニーズの
開拓による新規顧客の獲得です。
この場合,修理可能な体制を構築するというのが,新しいビジネスモデルになり
ます。このビジネスモデルが構築できるかも,一つのCSFです。
既に修理も行っているのであれば,持参→修理→持帰りだけではなく,センドバ
ックによる修理も考えられます。
また移動販売をしているのであれば,トラックに各種の桶と修理道具を積んで,
風が吹いた所へセールスに行きます。この場合,風が吹いて直ぐに行っても売れ
ませんし,他社に遅れを取っても売れません。情報の収集力・分析力がCSFにな
ります。

■KPI
CSFとして「ネズミが増えそうだ」という情報を収集して分析する事があげられ
ました。これに対応するKPIは「風が吹いた」「笹が実をつけた」「天敵が減っ
た」という情報の収集件数と,事象が起きてからの情報収集までのタイムラグ等
が上げられます。この情報は即日必要なわけではありませんから,ネズミの繁殖
頻度(年5~6回)から考えて,月に1回集めれば大丈夫でしょう。
逆に桶は日用品なので,直ぐに商品を提供する必要があります。修理可能な体制
というCSFも抽出できているので,KPIとしては修理依頼または受注から納品まで
の日数が考えられます。
ビジネスの品質は,究極的には顧客満足度ですので,購買顧客にアンケートを記
入してもらい満足度を測るというのも,新規顧客の既存顧客化に繋がります。
私が桶屋でしたら,製品に関する満足度(大きさ,重さ,使い勝手,価格),改
良点(取っ手があった方が良い,楕円形の方が使い良い),納期等についてのア
ンケートを同封してみます。KPIとしては,アンケートの回収率,各満足度の指
標,改良点の件数,実際に改良した件数等が上げられます。

■少し違う視点から
違う視点で見ると,インターネットを含む通信販売も考えられます。
この方法であれば商圏を一気に広げることができますが,桶は日用品ですから,
受注から発送までのタイムラグを短くする必要があります。このため,ある程度
の在庫リスクが発生します。したがって,適正在庫がコントロール出来るという
のがCSFになります。
この場合,KPIは生産管理システム・在庫管理システム(もちろんITシステムで
もいいですが,単に「仕組み-ビジネスプロセス」でも良いかと思います)の構
築と,システムの有効利用による在庫,回転率の把握とコントロールが考えられ
ます。

■全く違う視点から
上記の「桶屋が儲かる」仕組みを,もう一度見てみます。
 6.ネズミが増えると桶を齧る。
 7.桶が壊れて桶屋が儲かる。
「ネズミが齧らない桶」を販売すれば,儲かる事に気付きます。
この場合のCSFは,「他社に先駆けてネズミが齧らない桶を販売する」事になり
ます。今度は,研究開発力がビジネスの焦点になります。KPIとしては,特許・
実用新案(内容,件数)を含む新製品の開発と市場投入の製品数,新製品の売上
高等が考えられます。技術革新(イノベーション)による新市場の創造です。

■まとめ
「風が吹けば桶屋が儲かる」なら,桶屋には大きく2つの道があります。
一つは,地域に密着して,突発的な需要を取り逃がさないようにする方法です。
CSFは「需要の予測能力の向上」,KPIは「情報の収集件数」や「タイムラグ」が
上げられます。
もう一つは,商圏を広げて,突発的な需要を平準化してしまうことです。
CSFは「ニーズに応じた商品の素早い提供」,KPIは「生産管理システム・在庫管
理システムによる適正在庫,回転率の維持」が上げられます。

また,違う視点から「ネズミが齧らない桶を販売する」が考えられ,CSFは「他
社に先駆けてネズミが齧らない桶を開発する」,KPIは「特許・実用新案を含む
新製品の開発と市場投入の製品数,新製品の売上高」等が上げられます。

系統的な発想をすると,色々な事に気付きます。
現状のビジネスモデルを把握し,保有する経営資源で対応可能な新しいビジネス
モデルを考えます。新しいビジネスモデルの成果はKGIと位置づけられ,KGIを達
成するためのCSFが抽出されます。
CSF自体を構成する要素を分析し,その要素の中で計測可能かつ達成に不可欠な
物をKPIとして,モニタリングの対象にします。
KPIをモニタリングした結果を分析し,CSFが実現できるかを評価します。
このモニタリングと評価からCSFやKGIを見直し,さらにはビジネスモデルを見直
します。

リーマン・ショック以来,急激に景気は落ち込んでいます。私の感覚としては,
それ以前から景気は悪化しており,下降の度合いはバブル破綻の時よりも激しい
と思います。
このような時代こそ,このようにしてPDCAサイクルを確立し,評価・改善してい
くことがビジネスにとってより必要になってきているように思います。
ITコーディネータとしては,このようなPDCAサイクルの確立とその継続的な改善
方法をご提案することによって,皆様のお役に立っていけるように努力したいと
思います。

■逆の視点からのまとめ
「ネズミが齧らない桶」が市場を席巻してしまうと,旧来の木の桶を作っていた
ところは,無くなってしまうのでしょうか?
実は「木の桶」の良さを伝える事で,生き残りが可能です。寿司を作るときに
は,木の桶を使うと,素材としての木が本来持っている湿度調節機能でより美味
しくなります。また,炊き上げたごはんを木の「おひつ」に移すことで,同じ理
由で美味しさが長持ちします。蒸し器も同じです。
同じように,今度は「イノベーションのジレンマ」が起きます。市場を席巻した
「ネズミが齧らない桶」は,飽和状態に達します。成功体験は,逆に足枷になり
追いつめられることもあるでしょう。成功体験に安住することなく,常に新しい
ビジネスモデルを模索する必要があります。
今,自動車業界の落ち込みが想像以上に激しいのは,久しく言われた「若者の車
離れ」に有効な手を打ってこなかったことも一因だと思います。

■最後に宣伝
来たる2月14日に「Simple Is Best-ビジネスモデルを考える」と題してITCのポ
イントセミナーを担当します。
本稿と同じような考察を行って,ビジネスモデルの構築から効果的なKGI,CSF,
KPIを見つける方法について考えたいと思います。
皆様のご参加(バレンタインデーですので特に女性を歓迎します(笑))を,お
待ちしております。


参考:
COBIT 第3版,第4版
COBIT 4.1日本語版は,以下からダウンロードできます。
http://www.isaca.org/Content/NavigationMenu/Members_and_Leaders1/
                 COBIT6/Obtain_COBIT/Obtain_COBIT.htm
「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」クレイトン・
クリステンセン



■執筆者プロフィール

上原 守 harvey.lovell@gmail.com
ITコーディネータ CISA CISM システムアナリスト
IT関連の資格だけは10種類くらい持っています。京都を中心に仕事をしたいと思
いながら、毎週東京へ出張しています。上流から下流まで、ソリューションが提
供できる人材を目指しています。