最近、何かと話題になる言葉として、MOTがあります。これは,Management
of Technologyの頭文字をとった言葉で、技術経営などと訳されています。ここ
では、このMOTに関する話題をご紹介したいと思います。
日本の産業構造の中で、製造業の占める割合は、サービス業の増加に伴って低
下しつつあるのですが、それでも日本の強さの源泉は、製造業にあることに誰も
異論を挟まないと思います。従って、製造業の経営者にとって、技術とは何らか
の関わりをもって経営をしているわけですから、言葉の新旧はともあれ、製造業
の経営者は、何らかの技術経営をしていると考えられます。言い換えれば、現在
の経営者にとって、“技術を知らぬ存ぜぬ”、で避けて通ることは大変難しくな
ってきたと言えるでしょう。
バブル崩壊以前の右肩上がりの時代には、技術が分からなくてもその分野を部
下に任しておけば、何とか経営がなりたったものです。事業環境が好調で、他社
がやっていることと同じようなことをやっておれば、事業は成長し、業績が伸び
たからです。
しかし、バブル崩壊を契機として失われた10年を経験した日本の事業環境は
一転低成長時代となり、他社と同様の事をやっていては利益が出ず、厳しい競争
環境の時代となりました。そのために、企業は生き残りをかけて、何とか他社と
の差別化をしなければならなくなりました。また、技術革新の速度もスピードを
増し、例えば情報家電の分野では新製品の寿命は、3ヶ月程度しかないという、
とんでもない時代となったわけです。
このような、環境が激変する時代には、経営者の意思決定が迅速になされなけ
ればなりません。そのためには、経営者が、現在の事業環境に関連する技術をよ
く理解し、素早い舵取りをしなければなりません。そういった意味でのMOTが
必要なのです。MOTについては、技術者に経営知識を持たせること、との定義
もありますが、私は、経営者が高い技術力や技術的センスを持って激変する技術
革新環境を生き抜く体系的な経営力を持つことこそが、MOTの神髄であると考
えています。
では、MOTを行うためには、先端的な技術を勉強すれば事足りるのでしょう
か。そうではありません。技術環境と、事業環境を総合的に判断し、的確な経営
判断ができる、いわば技術的かつ経営的センスをもった経営能力が必要です。す
なわち、現在、ある先進的な技術が今後有望であると理解しても、それを事業と
して推進していくために、自ら事業機会を発見し、顧客を同定し、事業戦略を立
て、事業価値評価に基づく開発可否を判断し、可であれば新製品開発プロジェク
トを推進する能力が必要なのです。単に、その技術の有望性に飛びついて闇雲に
製品開発するというのは、MOTではありません。そして、このようなプロセス
には、様々な手法があり、試行錯誤的ではない、体系的な手法を採用することに
よって、事業効率を向上させることができます。それがMOTなのです。
ある会社の例です。社長さんは技術に対して深い造詣を持ち、アイデアマンで
す。有望な技術を自ら開発し、今後有望な中小企業としマスコミなどに何度も取
上げられ、世論の注目を集めました。いろいろなところから、こんなことに使え
ないか、こんなことができないか、こんな製品になったら購入したい、などと研
究機関などから引き合いも来ます。社長さんも、この評価に意を強くし、どんど
んと研究開発に資金をつぎ込み、製品開発を進めて行きました。
ようやく製品が完成し、販売を開始しました。引き合いのあった研究機関など
にポツリポツリと販売実績がでてきました。しかし、思ったほど売れません。販
売力が弱いのでは、と営業力を強化し、様々な手を尽くしましたが、売上はさっ
ぱり伸びません。
このような例は、製品がマーケットへの“カズム(溝)”を乗り越えられなか
った例です。マーケットには顧客がいますが、その顧客には最高を求める顧客、
リーダになりたい顧客、製品を実用に供する顧客、流行に追従する顧客、そして
最後まで懐疑的な顧客がいて時間とともに、その製品は前者から後者に拡散して
いきます。そして、リーダになりたい顧客と、製品を実用に供する顧客との間に
は深いカズム(溝)があるといわれています。これが、初めは少し売れるが、そ
れ以上はなかなか売れない理由です。これを技術の採用―普及モデルと呼ばれま
す。
この会社のもう一つの失敗は、製品開発時点で、ターゲットとする顧客を明確
にせず、また競合となる他社の状況も分析せず、社長の号令のまま製品開発に突
っ走った点にあります。これは実際にあった例ですが、結構、色々な所で起こっ
ているものではないかと思います。
以上の事例をMOT的に捉えればどのようになるでしょうか。先ず、アイデア
創出の段階で、そのアイデアに対する市場機会の有無の評価が必要です。そして、
それを事業コンセプトにまとめ、事業性の評価を、想定顧客の意見を聞きながら
行っていかねばなりません。物作りに直ぐに突っ走ることは避け、アイデアの具
現化を、市場のフィードバックを受けながら行うわけです。そして、市場には、
特に新技術に基づく新製品の場合、ハイテク大好き人間には一定の量が売れます
が、それが一般人に波及するためには、“カズム“と呼ばれる溝があることを認
識し、それを跳び越さなければならないことも、理解しておかねばなりません。
技術の採用―拡散サイクルがハイテク市場には特に顕著であり、それを正しく理
解していなければ、一過性の売上増で、事業性を見誤ってしまうことが多いから
です。
そして、このようなアイデア評価、事業性評価をおこなうために、計画的にマ
イルストーンを設け、経営トップがその評価に適宜コミットすることが必要です。
そのためには、経営者が、高い技術経営能力を身につけていなければならないこ
とはいうまでも有りません。このように、MOTは、経営者の高いマインドはも
ちろんのこと、体系だった技術経営コンセプトと手法の採用によって、新製品開
発の効率性を高め、成功率を高める事を目指します。もちろん、技術経営を行っ
たからといって、全てが成功するわけではありませんが、それをしない場合に比
べ、経営効率を向上させることができるのです。
現在は、特に製造業にとって、技術をいかにマネジメントできるかが企業の雌
雄を決する時代です。この意味で技術経営能力がますます重要になっていくと思
います。
■執筆者プロフィール
馬塲 孝夫(ばんば たかお) (MBA経営学修士/ITコーディネータ)
ティーベイション株式会社 代表取締役
大阪大学 先端科学イノベーションセンタ 特任教授
デプト株式会社 監査役
E-mail: t-bamba@t-vation.com
URL: http://www.t-vation.com
◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、
生産情報システムが専門です。◆
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