デザインの手法を用いてITベンダとユーザーの依存関係を変革/戴 春莉

◆ 従来のITベンダとユーザーの関係                        

 ユーザーはITの素人、ベンダはITの玄人という言葉をよく耳にします。即ち情
報システムについてITベンダはユーザーより詳しく、ユーザーはITベンダに任せ
ることがごく当たり前であって、誰も疑うことがない。しかし、ITベンダは本当
にユーザーの立場に立ってくれているのでしょうか。ユーザーのニーズと期待に
応えるシステムを作る保証があるのでしょうか。普通に考えれば、ITベンダはユ
ーザー自身ではありません。ユーザーの気持ちを理解することはあっても、ベン
ダ企業としての立場を捨ててまでユーザーのためを考えることはまずありえませ
ん。従って、ユーザーがITベンダに依存することがどのような結果を生むかは、
ある程度わかることです。

◆ユーザーにとっての情報システム開発の理想型

 以下、IT Pro谷島編集長の言葉を引用します。
「情報システムの開発を例にとれば、要件定義、設計、プログラム開発、テスト、
機種選定、システム環境の整備、データ移行、システム運用・保守、利用者教育
まで、すべて自分で責任を持って実施する。ビジネスに合致した情報システムを
開発し、動かしていくには、自分でやるのが一番早く、柔軟な対応が可能でしか
も安上がりなはずだ。即ち、情報化の理想型は、ユーザー企業ができる限り、自
分で取り組むことである。ITベンダ企業に依存せず、自分がITプロフェッショナ
ルになることが一番理想的である」
 しかし、現実としてはユーザーがITプロフェッショナルになることは難しいで
す。ユーザーはやむを得ずITベンダに頼み、自社の情報システムを外部に“丸投
げ”してしまうことも少なくありません。

◆ユーザーが納得できる情報システムを構築する方法

 デザインの手法を利用すれば、ユーザー主導で情報システムを構築することが
可能です。デザイナーは「もの」の造形に終始するだけでなく、物事を計画する
ことの社会的必然性について考えるところから仕事を始めます。そのために、原
点に戻って、「あるべきこと」を実現するために「あるべき行為のかたち」を探
り、望ましい「もの」の造形に収斂させなければなりません。「もののデザイン」
に先行する「ことのデザイン」が重要です。「ことのデザイン」の1つの典型は
「仕事のデザイン」です。すなわち、「人間活動のデザイン」です。誰が(Who)、
何を(What)、いつ(When)、どこで(Where)、なぜ(Why)、どうやって(How)という
5W1Hをデザインの手法によって、明確にすることができます。

 10年前、私が勤務していた会社の基幹業務システムがリース終了直前になり、
私は社長からシステム再構築の命令を受けました。私は当時、入社4年を迎えた
ばかりで、日本語が完全には話せず、基幹業務の流れについてもあまり詳しくあ
りませんでした。単に大学で情報処理を専攻したことが買われたようです。つま
り、上述したユーザーのケースより不利な点が多くありました。
 私は、大学院で勉強したデザインの手法を用い、大学院の教授の力を借りて、
まず現状システムを可視化することからはじめました。現場担当者の意見を聞い
て現状システムの問題点をリストアップし、現状の業務形態の構造を明らかにす
るために、それら問題点の間の因果関係を明確にしました。その後、すべての業
務処理(行為)を原点(白紙)に戻って捉え直し、「あるべき行為」を洗い出し、
グループ化して新たな業務フローを図示しました。会社の役員・中間管理者・現
場担当者を巻き込んで業務形態を確認しながら5W1Hの情報を関係者全員で共有
しました。最後に、明確になった業務形態図を手にしてそれをシステム化してく
れるITベンダを探しました。このような手順を経ることによって、ユーザー主導
で、ユーザーの目的に合うシステムを開発することができました。
 さらに、現在では使用頻度の高い業務プロセス、カプセル化できる業務プロセ
スを独立して定義しており、業務形態の変更及び機能の追加の際、不足するプロ
セス部品の新規開発のみで対応できます。このようにすれば、ユーザーがITプロ
フェッショナルではなくても、自社の納得できる情報システムを構築することが
可能と考えます。

<参考文献>
●増山和夫「デザイン製作における原点についての研究」
  デザイン・プロセスと「問題提起」、1996
●増山和夫、戴 春莉「業務形態の現状分析とデザイン問題の構想
            -デザインにおける問題提起の方法論に関する研究」
  デザイン学研究110、Vol.42、No.2、1995
●谷島宜之「ユーザーはITプロフェッショナルであるべきか」
  日経コンピュータ 2006年9月6日の記事


■執筆者プロフィール

氏名     :戴 春莉(たい しゅんり)/情報システム監査士

得意分野   :デザインの手法を情報処理技術への応用、上流工程の要求分析、
        問題デザインと可視化など 

メールアドレス:dai-jp@leto.eonet.co.jp