● 情報技術の進展は、留まるところがないように思えます。インターネットの技 術も単純な電子メールから、革新的なウェブブラウザの技術、そして最近では、 Web2.0という新しい言葉が出現し、その実態を理解するのに苦労するこ の頃です。しかし、このような急激な情報技術革新の流れに追いつかなければ、 企業の優位性を保てない世界になりつつあることも、現実ではないでしょうか。 情報技術、すなわちIT技術は、企業経営にとって非常に重要な位置を占めて きていると思います。 ● 先日、ある調査の目的で資本金7000万円、従業員120名程のものつくり 企業の経営者にお会いする機会がありました。この会社は、いわゆる日本のお 家芸であるプレス金型のトップメーカーの地位を築いており、早い時期から、 顧客の製造拠点の海外移転に対応して、海外工場を構築していった企業です。 業績も優秀で、経営者の強いリーダーシップのもと、ものつくり企業として素 晴らしい経営が行われています。 ● 経営者の考え方を拝聴すると、とにかく「新しい技術に挑戦すること」「あら ゆる部分を徹底して差別化すること」をしないかぎり、中堅・中小企業の生き 残りはない、とおっしゃいます。そのような徹底した経営者の考え方が、金型 産業のような、近年とみに国際競争環境が激しくなってきた業界においても、 ニッチ・トップの位置を確保し、生き残ることができる所以なのでしょう。 ● 通常のものつくり企業の場合、大抵はそのコアコンピタンスとして、現場の職 人技、すなわち技能の優秀さと蓄積をあげますが、この企業の場合、そのよう な技能に加えて、早い時期からのIT技術の活用があることが特徴です。 ● 手元に、この経営者からいただいた、この企業のIT化の歴史を記した文書が ありますが、それを見ると、1980代の比較的早い時期から業務用のコンピュ ータが導入され、それが現在の企業内の情報システムに進化した様子が見て取 れます。初期には、市場に出始めたパソコン(PC9801)で、自社におけ る金型の見積もり計算、加工費の実績計算という単純な機能を自社開発してい ます。その経験をもとに、オフコンを導入し経理などのバックオフィスのIT 化を実施。また、同時期に生産管理システム、販売管理システムを導入してい ます。 ● 1990年代半ばには、オフコンを捨て、Windowsの出現を機にパソコ ンにシステムをリニューアル。また企業内の情報共有化を推進するために、S QL-Serverの導入によるデータベースの整備やグループウエアを導入 しています。そして、本社、工場間を専用線にてネットワーク化を実施。最近 はインターネット回線に変更し、全社のより高度な情報化を積極的に推進して います。また、金型メーカとして自社CADシステムを開発し、設計のデジタ ル化にも積極的に取り組んでいます。 ● 社長さんの言では、「社内のITインフラを整え、情報の共有化やスピード化 に早い時期から力をいれている」とのこと。特に、情報共有化の面では、役 員・幹部の行動予定、営業の打合せ記録、会議の議事録、掲示板、出張伺いな どが各自のパソコンで見ることができ、ペーパレス化を促進しているといいま す。また、自社のホームページ、ホームページを用いたインターネットビジネ スなども行っているようです。このような取り組みは、大企業では、早い段階 から実施されてきましたが、この企業のような規模の会社が技術の出現ととも にかなり早い時期から取り組んできたことに、驚きを感じます。 ● なぜ、そのような取り組みができたのか。それは、経営者がIT技術に造詣が 深く、トップダウン的にITインフラ整備が行われたのが理由のようです。す なわち、経営者のITコンピタンシー(能力)が高く、絶えず新しい技術を社 内に導入し、自社のものに出来たことが、金型製造企業の中でも、他社を制し て、トップ企業になれた要因の一つといえましょう。 ● 「あらゆる観点から競合する他社と差別化をおこなう」とは社長さんの言葉で す。IT技術は、差別化の重要な要因であり、それを実現するのが経営者のI Tコンピタンシーとすれば、この企業の例は、「IT技術を制するものが、他社を 制する、」とのベスト・プラクティスだと言えましょう。 ■執筆者プロフィール 馬塲 孝夫(ばんば たかお) ティーベイション株式会社 代表取締役(MBA経営学修士/ITコーディネータ) 大阪大学 先端科学イノベーションセンター 特任教授 中小企業基盤整備機構 近畿支部 研究員 E-mail: t-bamba@t-vation.com URL: http://www.t-vation.com ◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産情報 システムが専門です。◆ |
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