仕事の能率と遊び/松田 幸之助

人間は何らかの目的を持って行動する。その目的を達成するための手段として
行動を起こすのである。この目的と手段が釣り合っている状態が、能率が良いと
いわれている。例えば「5トンの荷物を運ぶ」という目的を達成するためには、
「5トン積みのトラック」を使えば良い。また、「5トン積みのトラック」を
使う場合には、「5トンの荷物」を載せることが能率が良いという。すなわち、
目的に対しては手段が、手段に対しては目的が釣り合っている状態を能率的であ
るというのである。目的=手段でない場合を不能率という。この不能率には次の
二つの場合がある。

(1) 目的<手段の場合=========ムダ
これは達成しようとする目的に比べて手段が大き過ぎるとき、例えば3トン
の荷物を運ぶために5トン車を使う場合である。 こういう状態を名付けて
「ムダ」という。

(2) 目的>手段の場合=========ムリ
例えば6トンの荷物を運ぶために5トン車を使うと過積載となり、車の能力
を発揮できない。 こういう状態を「ムリ」という。
  現実には、目的と手段とが釣り合っていないことか多い。不能率の状態の方
が多く、能率的とはいえない。実際には「ムダ」と「ムリ」が共存している場合
が多いのである。
また、「ムダ」と「ムリ」とがあれば、どうしても「ムラ」ができる。
 したがって、この「ムリ」「ムダ」「ムラ」をできるだけ少なくする手段を追
求することが能率をあげることになるのである。 いいかえれば、「一定量の能
力から最大の効果を、また一定量の効果を最小の能力で生み出すこと」が求めら
れているのである。
能率は、手段を目的に釣り合わせることであるから、目的をしっかり捕まえるこ
とが大切である。ところが、目的をしっかりと把握しないで仕事をしていること
が多い。
 しかし、目的と手段との間に少しも「ユトリ」がない状態は問題で、ある程度
のユトリを取ることが大切である。例えば、お椀に汁を盛るには、8分目に盛る
のが法である。
多くの場合、多少のユトリをもつことが真の適合である。自動車のブレーキやア
クセルには「遊び」があるのはこのためである。 JR福知山線の脱線事故も、
「ユトリ」=「遊び」が少なかったからだといえる。現代人は「高能率」を追求
するあまり、少しでも空き時間を見つけると、そこに仕事や約束を入れ込んで、
1日24時間を無駄無く使いたい、あるいは、パソコンやケイタイで会社の同僚
や友人、知人からの情報を完璧に受信しなければ気がすまない、というような状
況に追い込まれている傾向も見受けられる。そうした努力を一概に悪いとはいえ
ませんが、人間に必要なちょっとした遊びやゆとりまでも無駄であると決めつけ
てはいけない。いくら完璧にやろうとしても人間のやることには限界がある。
ならば、もっとアバウトに、精神的に「ュトリ」を持って、楽しく生きた方が良
い。何気ない散歩でも、すばらしい宝物が見つかるかも知れません。
遊び過ぎは問題ですが、適度の遊びは再生産のためにも必要である。


■執筆者プロフィール

松田 幸之助

<略歴>昭和38年3月 京都工芸繊維大学 卒業
    昭和38年4月 鐘淵紡績(株) 入社
    昭和63年9月 カネボウ綿糸(株) 退社
    昭和63年10月 (有)永 幸 設立
                 現在に至る
<資格>中小企業診断士
    行政書士
    宅地建物取引主任 等