●日本の製造業が苦戦しています。20世紀後半の高度成長時代の成功体験から 抜け出せず、1990年代後半から米国を中心に広がったニューエコノミーの波 にも乗り切れず、競争力を徐々に失いつつあるのではないかとの危機感がありま す。政府は、このような状況に対応するため、経産省を中心に製造基盤白書(も のづくり白書)、新産業創造戦略、技術ロードマップを策定して、競争力低下を 何とか食い止めようと努力しています。 ●競争力低下の原因は、種々挙げられますが、大企業、中堅中小企業を問わず、 その中でかなり大きく占める原因としては、日本の製造業が、強みである「もの 作りのプロセス改善」にあまりにも注力しすぎて、その他の経営戦略に目を向け ていなかった事にあります。このような議論の代表的なものは、東大の藤本隆宏 教授が提唱するアーキテクチャ論で、「従来の製造業は強い現場をもっていたが、 戦略のない弱い本社であったために、収益構造がどんどん悪化してきた。それを 改善するために、得意な製品及びプロセスのアーキテクチャを採用して競争環境 を乗り切らなければならない。」というものです。 ●すなわち、現場力や技術力に加えて、独自の経営戦略による収益力向上が重要 であるわけです。確かに、特に電子・デジタル機器業界においては、新製品開発 サイクルが数ヶ月と短縮化され、また、すぐに他社にキャッチアップされるため 先行者利益を享受する暇が無く、急速な価格低下によって利益無き繁忙に陥って いる現状をみれば、この指摘は一理あると思います。 ●この状況を打開するためには、どうすれば良いでしょうか。一つは、「製品」 のとらえ方に対する視点を変えることです。顧客に提供する「機能・技術・コス ト」の製品価値の側面で見るのではなく、その「事業価値」を重視し、その価値 を如何に創造していくかという観点から見ることが挙げられます。言い換えれば 従来からおこなってきた、技術イノベーションによる革新的製品や顧客ニーズを 満たす優れた製品を創出する「製品価値」の創造と、それをQ(品質)、C(コ スト)、D(納期)面で効率的に生産する「プロセス価値」の創造に加えて、そ の事業的な付加価値や利益を獲得する「事業価値」の創造に視点を移す事が必要 なわけです。つまり、独自のビジネスモデル(儲けの構造)で競争環境を生き抜 かなければならない、という事なのです。 ●ここでキーワードになるのは「価値」という言葉です。価値とは、相手があっ て初めて意味を持つものです。「事業価値」の相手は企業ですから、事業価値を 高める事によって、企業価値を高めることに注力する事が求められていることに なります。 ●この「事業価値」を創造するための戦略として、ビジネスモデルは大変重要で すが、その他の有効な「事業価値創造」戦略としてブランド戦略を挙げたいと思 います。その背景には、今世紀に入って益々、企業価値というものが、バランス シートに現れる有形無形の財務資本だけではなく、人的資本、組織構造資本、ブ ランド/ネットワーク資本などの目に見えない無形の知的資本に依存してきたと いう環境変化があります。米国のブルッキング研究所がS&P500をもとに調査 した結果によると、企業の時価総額(企業価値)に占める無形資産の割合が、1 982年は38%であったのに対し、2002年には80%と、倍増しており、 企業価値における知的資本(無形資産)の割合が、この20年間で非常に大きく なっているのです。 ●ブランドとは「企業が自社の製品・サービスを競争相手の製品・サービスと識 別化又は差別化するための名称、ロゴ、マーク、シンボル、パッケージデザイン などの総称」と定義されています。ブランドとは、このように一つの識別子です が、ブランド構築の効果は絶大です。高いブランド価値は製品やサービスを通し て他では味わえない深い満足と価値を与え、顧客にブランドロイアリティを抱か せることで企業に長期的安定的なキャッシュフローをもたらします。従って、製 造企業が、ブランド戦略を採用することによって、製品機能の差別化に加えて、 新たな付加価値を顧客に与え、かつ事業価値を高め、企業価値を高めていくとい う戦略は、一つの重要な戦略であると思います。そして、これは中堅・中小企業 でも比較的容易に取り組める戦略ではないでしょうか。ブランドには、コーポレ ートブランド、プロダクトブランド、そして技術ブランドなどがありますが、各 企業の強みを明確化し、ブランドを構築する事で、「事業価値」創造に不可欠な 独自性、差別化を実現することが出来ます。 ●特に中小製造企業の場合、世界に負けないオンリーワンの技術力を誇る企業が 多くあります。そのような独創的技術を広告宣伝、商品カタログ、インターネッ トなど企業と顧客の全ての接点でシーズとニーズ双方の観点からブランド構築し 技術ブランドとして確立していく。そのことで、マーケティング戦略やコミュニ ケーション戦略といった企業の経営戦略におけるバリューチェーンの一貫性をマ ネジメントするわけです。ニューエコノミー時代でITは、このようなブランド 戦略の実施有効なツールになるでしょう。見えないものをマネジメントする能力 が、これからの企業が生き残っていく重要な能力ではないでしょうか。 ■執筆者プロフィール 馬塲 孝夫(ばんば たかお) ティーベイション 代表 MBA/ITコーディネータ補 E-mail: t-bamba@t-vation.com URL: http://www.t-vation.com ◆技術経営(MOT)、FAシステム、製造実行システム(MES)、生産情報 システムが専門です。◆ |
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