「新規事業を成功させるポイント」~聴く力を身につけよう~/中川 普巳重

新規事業の立ち上げや新商品開発の支援をする際には、誰に、どんなサービス
を、他社と差別化してどのように提供するのか、についての「仮説」を立てて、
立てた仮説を何らかの方法で「検証」し、商品コンセプトやビジネスモデルを作
り上げていきます。この仮説~検証のプロセスを何回まわせるかが、実現可能性
の高さ及び、魅力的な商品コンセプトやビジネスモデル作りのコツになります。
このサイクルを回す際のポイントは、事実を正しく把握して仮説を立てるという
ことと、そもそも事実を把握するためのヒアリングスキル~聴く力~を身につけ
るということです。
以下に事実を把握して「仮説」を立て、「検証」をして商品コンセプトやビジネ
スモデルを作る方法についてご紹介します。

★「良い仮説」を立てる
 「良い仮説」をつくるには、意見や憶測、思い込みなどではない「良い情報=
事実」を得ることが重要です。これを元に「論理」「直感」「経験」から導き出
されるのが「良い仮説」であると考えています。

★「検証」する・・・「市場調査」つまりは、「ヒアリング」によって事実を把握
する
 「仮説」を立てたら、次のステップとして、その「仮説」がきちんと事実に
沿っているかどうかの「検証」を行います。「検証」の方法のひとつに「市場調
査」があります。通常、市場調査というと、調査会社が実施するような詳細なヒ
アリング調査・分析を想定されますが、ビジネスモデルの仮説が立たない当初か
ら詳細な調査をしても、的外れに終わる可能性もあり、適切な事実把握ができな
い可能性があります。実は「仮説」が不十分な中で詳細な市場調査をしてしまっ
て時間を無駄にした・・・という企業も多く存在するのではないでしょうか。まず
は、新たに提供しようとする商品・サービスの市場の特徴や競合となる商品ジャ
ンルについて、知見のある企業または専門家へのヒアリングを行うことが重要で
す。このヒアリングによって、業界の知恵・常識を得ることから商品コンセプト
の仮説を検証し、更に得られた事実から次のヒアリングや市場調査を行います。
また、「市場ヒアリングや調査をやったのに、失敗した」というケースもあるで
しょう。それは検証する顧客ターゲットに合った「正しい市場調査」ができてい
なかったからではないかと思います。例えば、よく行われる「アンケート調査」
では定量的なデータを得ることはできますが、紙に向かって答える方法であるた
め、潜在ニーズがわからないことが多いという欠点があります。使用シーンで聞
かないと、回答者本人もニーズに気づかない場合があるからです。これらの市場
調査方法には限界があり、正確な「事実確認」は難しいと考えられます。顧客タ
ーゲットに合わせて調査やヒアリングの方法を変える必要があります。

★「ヒアリング」活動の精度を上げる・・・聴く力を身につける
 仮説を検証するヒアリング活動では、ヒアリングの方法や、ヒアリング現場で
の対応方法で事実の把握状況に差が生じます。ヒアリングスキルを磨くことに
よって、ヒアリング先から潜在ニーズの発掘につながるような有益な情報を得る
ことができます。
ヒアリングとは、日常で繰り返される話を「聴く(※)」ということですが、こ
れが意外に難しい作業なのです。
ある研修で、『ペアになって片方が5分間一方的にしゃべるのをメモを取らずに
聴く』というテストを行うと、聴いていた人は、話の内容を半分も覚えていない
ことがわかりました。処理すべき情報がたくさんあったり、知らない人の話を聴
いたりする場合は、特に話の内容を覚えることが困難です。
ましてや、仮説検証のためのヒアリングの場合には、相手は「情報を与えるだけ
で自分には得が無い」というマイナス感情を持っている場合もあるため、耳を傾
けてもらうことは、たいへん難しい作業なのです。

よい「聴き方」は、裏返すとよい「話し方」になります。
ヒアリングを成功させるために、相手から情報を引き出すためのよい「話し方」
の手法を学んでいただきたいと思います。
その一部を簡単にご紹介しますと・・・

自社技術のプレゼンをする場合、一方的にしゃべる方が多いのですが、それでは
相手に注意を傾けてもらうことができません。
○相手と視線を合わせる
○ボディ・ランゲージを取り入れる
・・・といった技法を使いましょう。

さらに、「フォローする」ことも大切です。
○相手の興味度合を観察し(メモをとったところ、質問が出たところなど)
○話すスピードを調節する(メモの部分を繰り返す)
○聞く気がみられない人に話し掛ける
・・・など、相手をよく観察し、聴き手に刺激を与えることが必要です。

プレゼンが終わり、質疑応答の場面では、相手の質問に対してYES、NOをすぐに
答えようとする人がいます。
しかし、質問の本意は口にされた言葉だけではわかりにくいものです。
そのため、
○相手の言葉を、別の言葉で言い換え、「こういうことですか?」と確認する
○「できません」で終わらせず「こういうことに置き換えられませんか」
 などと話を発展させる
・・・といった方法で、質問の意図を探り、じっくり考えてから答えることで
す。
その場で新しいアイデアが出るよう、ディスカッションへ持ち込めれば、潜在
ニーズを掘り当てることができるのです。

また、先方から否定的な意見が出ると、すぐに帰りたがる人がいます。
もし直接的な協力関係が得られなくても、
○業界情報の収集
○新しいヒント
○別のヒアリング先の紹介
など、何かしらの生きた情報を得て帰りたいものです。

ヒアリングの終わり方のテクニックとしては、
○これまでの話を要約して
○結論を確認
○結論に対するアクションの確認
○今後、情報交換ができるかどうかの確認
などを行い、今後も関係を持続できるような時間をとりましょう。

 頭でわかっていても、その場になると焦ってしまいなかなかできないというこ
ともありますので、担当者以外の立場が違う人(技術者と営業、コンサルなど)
と一緒に行く、1人より2人で行く、などの予防策があります。
視点が異なり、客観的な見方ができる人と一緒に行くことをおすすめします。

 以上、仮説を立てて、検証をするサイクル、そしてそのサイクルを回すための
基本スキルとしてのヒアリングスキル~聴く力~を身につけて商品コンセプトや
ビジネスモデルを作ることが、新規事業を成功させるポイントだと思います。

(※)「聴」という字は、中国における「積極的に聴く」という行為についての
深い理解が表れています。


■執筆者プロフィール

中川 普巳重(なかがわ ふみえ)
京都リサーチパーク株式会社 EBSセンター 副所長
 中小企業診断士、ITコーディネータ、日本経営品質賞セルフアセッサー、
 キャリア・デベロップメント・アドバイザー
Eメール  n-fumie@krp.co.jp
HPアドレス http://www.krp.co.jp/ebs